<?xml version="1.0" encoding="UTF-8"?>
<feed xmlns="http://www.w3.org/2005/Atom">
    <title>Johnny&apos;s Words</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://jwejp.net/words/" />
    <link rel="self" type="application/atom+xml" href="http://jwejp.net/words/atom.xml" />
    <id>tag:jwejp.net,2008-02-07:/words//3</id>
    <updated>2009-02-06T08:48:07Z</updated>
    <subtitle>ジョニー・ウィアー選手の公式ジャーナル、インタビューなどの日本語訳です</subtitle>
    <generator uri="http://www.sixapart.com/movabletype/">Movable Type 4.1</generator>

<entry>
    <title>公式ジャーナル　2月3日付</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://jwejp.net/words/2009/02/23.html" />
    <id>tag:jwejp.net,2009:/words//3.191</id>

    <published>2009-02-05T15:43:29Z</published>
    <updated>2009-02-06T08:48:07Z</updated>

    <summary>ジョニーを心配するファンが、世界中から応援メッセージを送ったようで、それに答える...</summary>
    <author>
        <name>Chicco</name>
        
    </author>
    
        <category term="ジャーナル" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://jwejp.net/words/">
        <![CDATA[<p>ジョニーを心配するファンが、世界中から応援メッセージを送ったようで、それに答える感謝がいっぱい詰まったジャーナルです。 </p>

<p>こんなに早く、自分の言葉でファンへのメッセージを公開してくれて、本当にありがとうという気持ちで訳しました。</p>]]>
        <![CDATA[<p>「Thank you」<br />
 <br />
ファンのみんなへ、</p>

<p>このようなつらい、つらい時期に僕を支えてくれたみんなに、お礼を言いたいんだ。それから、クリーブランドの会場とTVの前で僕を応援してくれた世界中のファンのみんなに、改めてありがとうと言いたい気持ちだよ。ジョニーズ・アメリカンエンジェルのバナーだけではなく、日本とロシアからバナーを持って来てくれたファンのみんな、そして風船とティディー・ベアを僕のアイスリンクに届ける手配に参加してくれた人たちには、特にお礼を言いたい。このような愛情に囲まれて滑れたことは、僕にとって本当に名誉なことだったと思う。</p>

<p><br />
クリーブランドであんな演技しかできなかったことを申し訳ないと思っている。このサイトを読んでくれるほとんどの人たちが、僕がベストな演技で全米チャンピオンのタイトルを勝ち取ることを、僕自身の思いに負けないぐらいに望んでいたことが、良くわかっているので。なのに僕は、自分だけじゃなくみんなの気持ちも引きずりおろしてしまった。苦しく低調なシーズンと2度にわたる重病の後で、十分な体力がなかった僕には、いつものような準備を整えることができず、そのことが演技に反映してしまったんだ。大会を棄権するのは簡単だったけれど、それだけは避けたかった。健康状態にかかわらず、闘いたかった。韓国でのクリスマスショーの後、普段の体重を8ポンドも下回る体調で、すぐに全米選手権へのトレーニングを始めたから、体重を元へ戻し体力を回復するための時間は、ほとんど残されていなかった。全米選手権に参加し競技を滑り終えたということだけで、ぼくにとっては「凱旋」だった。</p>

<p> <br />
多くの人がソウルのクリスマスショーに出演するという僕の選択を批判し、その批判はわかるけれど、受け入れることは僕にはできない。出演するということは僕の決断だけれど、病気にかかっていなければ、全米選手権に100％の状態で出場できたはずだ。  他の誰にとっても言えることだが、胃腸系のビールスに感染したり風邪を引くのを避けることは僕にだってできないんだ。いつ健康でいて、いつ病気になるかを自分でコントロールすることは不可能だ。人生は予測がつかないもの。それをみんなにもわかってほしいと思う。それから僕の全米での演技を、ショーのせいだと非難するのをやめてほしい。韓国のショーに招かれたのは名誉なことで、僕は自分が貢献できることが嬉しかったのだから。自分の演技について非難するのは、健康ではなかったということだけで、これは言い訳ではなく事実なんだ。自分のベストを尽くして準備をしたことだけは、誰に対しても自信を持って保障できるよ。<br />
 </p>

<p>この場を借りて、全米メダリストとワールドチームに祝福を送りたいと思う。そしてアメリカ男子が自国の大会で最高の成績を収める事を願っている。また、僕が前回の大会で今度のワールドの3枠獲得に貢献できたように、オリンピック出場権を3枠確保できるようにとも。これほどの才能に恵まれたスケーターの中で競えたことを、光栄に思う。</p>

<p></p>

<p>みんな、本当にどうもありがとう。僕へのみんなの信頼が揺らいでいなければ良いけれど。僕の演技でみんなをエキサイトできるように、オフシーズンの間だけではなく、来シーズン新たに僕ら全員が、オリンピックチャンピオンを目指して競い合う時にも、そうできるように願っているよ。サンキュー・スパシーバ・カムサハムニダ・アリガト・グラツィエ・メルシィ・ダンケ！</p>

<p>ジョニーより<br />
</p>]]>
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>公式ページジャーナル　2009年1月6日付</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://jwejp.net/words/2009/01/200916.html" />
    <id>tag:jwejp.net,2009:/words//3.187</id>

    <published>2009-01-09T23:16:17Z</published>
    <updated>2009-01-10T11:29:09Z</updated>

    <summary>最新ジャーナル　2009年1月6日付　の訳です。 お友達のてまりさんがすばやくご...</summary>
    <author>
        <name>あすか</name>
        
    </author>
    
        <category term="ジャーナル" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://jwejp.net/words/">
        <![CDATA[<p>最新ジャーナル　2009年1月6日付　の訳です。<br />
お友達のてまりさんがすばやくご自身のブログにUPされていたものを<br />
お願いしていただきました。<br />
いつもありがとうございます。</p>

<p>長い空白を埋めるかのごとく過去最長ではないか？<br />
と思われる長文です。COIやNHK杯にももちろん触れられております。<br />
体調や靴に苦しめられたようですが全米に向かって前向きに頑張っていて<br />
全米が楽しみになってきました。</p>

<p>原文は<a href="http://figureskatersonline.com/johnnyweir/journal.html">こちら</a></p>

<p><br />
</p>]]>
        <![CDATA[<p>こんにちは、みんな</p>

<p>まず始めに、前のエントリーからこんなに長い時間がたってしまったことをお詫びしたい。すごく忙しかったんだ。これで遅れた言い訳のひとつになるといいんだけど。</p>

<p>前にジャーナルを書いてから、いろんなところに行った。日本、ロシア、ワシントン、又日本に戻り、韓国（２回）、そしてもちろん、ニューヨークも歩き回ったよ。いいことも悪いこともたくさんあり、たくさんのドラマと興味深いゴシップがあった。夏の終わりの練習と、日本の横浜への旅行から話を始めるのがいいと思う。</p>

<p>キャニオン島での休暇が終わって、日焼けして肉付きが良くなってまだ始まっていない次のシーズンの成功にワクワクしながら、派手にリンクに出てきた。僕のプログラムに最後の仕上げの飾りが付け加えられ、アイダホへの旅行から戻ると、この夏の最後のショーであるチャンピオンズオンアイスに出演するために、喜んで横浜に向かったよ。いつものように日本のファンは素晴らしかった。インターネットで僕のどのナンバーを日本のファンがクリスマスオンアイスで見たいかという特別の投票がインターネット上にあった。「白鳥」がものすごい数でトップになり、「ダンスメン」にあわせた新しいフリープログラムからの抜粋とともに、スワンをチェロの生演奏で演技すると約束した。演奏家の生演奏で滑ることは、本当に特別なことだ。まるで彼らが感じているすべての感動を自分でも感じられるような気がする。ショーでは普段よりいいジャンプが出来たといえるよ。そして、観客は最高だった。スタンディングオベイションをどちらのプログラムにもしてくれて、僕のシーズンに向けて最高のはなむけだと感じたね。１１月にはＮＨＫ杯で又日本に戻れることを知っていたので嬉しかったよ。でも、そのことは後でもっと話すよ。</p>

<p>日本から戻って、左足とくるぶしにすごく痛みを感じ始めた。出発の２週間前に新しいスケート靴を履き始めたので、それがどうやらとてもあっていなかったのだと思った。今まで運のいいことにスケートを始めて以来、問題がなかったので、このときには僕のスケート靴についてはあまり考えていなかった。今では欠陥を認めている。アイススケートを続けている限り、そして、エリートレベルのスケーターである限り、僕はスケートやブレードについては全く何にも理解していない。ただ、毎年新しいものをはいて、いつもの通り滑るだけだ。ガリーナヤコブレブナは新しい靴に変えるほうが利口だと考え、僕にはよくわからないけど、秘密の理由で一つを残して、右足は前のものを使うことにした。これが僕たちが決めたことだ。詳細は後で。</p>

<p>このスケート問題の直後、僕はロシアのセントペテルスブルグに行きペテルスグルブの地域の文化団体が主催した「アイスストーリーズ」に出演した。僕がただ一人の外国人スケーターでそのことはとどまることを知らない興奮を僕にもたらした。もうカップオブロシアには出演しないことがわかっていたので、ロシアに又戻れたことにもとても興奮した。ショーは美しかった。観客は大変素晴らしくチケットは売り切れで、誠意のこもった歓迎を受けて観客に僕の心を開いて滑ったよ。ショーのプロデューサーのスベトレナにセルゲイボロノフやコンスタンティンメンショフと一緒にノートルダムドパリから「ベル」のロシアバージョンを滑るように頼まれたんだけど、ショーでは一番人気のあるプログラムになり、スタンディングオベイションを奪ったよ。</p>

<p>セントペテルスブルグにいる間、ボスコスポーツ店に夏のオリンピックのコレクションを見ようと招かれて、店のために宣伝写真を何枚か撮影した。ボスコスポーツを知らない読者のために言うと、ボスコスポーツはロシアのオリンピック選手のために衣類やユニフォームのすべてをデザインし、生産している会社だ。店では何も期待してはいなかったけど、女性たちが僕のためにスーツケース全体に僕のための品物を詰め込み始めたんだ！みんなわかっているように、ロシアは僕の魂の一部だと感じているから、言ってみれば、公式な「チームのメンバー」になれたことにとても興奮したよ。僕はロシアを重い心で後にしたけれど、またすぐ戻ってこられることはわかっているさ。</p>

<p>ロシアから戻るとすぐにシーズンの最初の試合である、スケートアメリカの準備を始めた。ランスルーはあまりうまく行っていなかったんだ。ジャンプはうまく着地できていなかったし、左足にまたひどい痛みを感じていた。なんでもないことのように書いたけど、深いところではこれが何かもっと大きなことに変わるかもしれないとわかっていた。スケートアメリカは心の中ではそれしかないことで、しなければいけないことがあったから、靴のことは後回しにした。試合に向けて出発する２日前にスケートのブレードを動かし、ちょっと良くなったけれど、まだきちんとなってはいなかった。でも、とにかくすぐに試合はあって、それも大きなものだった。</p>

<p>スケートアメリカに何が起こるかはっきりとはわからないまま飛び立った。とてもいいスケートをしてこられたわけではないことはわかっていたけれど、でも、試合にでて、僕の国のために出来る限りいい演技をする義務があった。僕はいつもその年の最初の試合では興奮するし、この試合も例外ではなかった。夏の休暇の後で友人たちに会うことはいつも楽しいし、今までのことを知らせあったり、どんな新しいものを買ったかをチェックしたり、まあ、そんなことだ。今まで僕はスケートアメリカでは全く滑ったことがなかった。シーズンのとても早い時期だし、どちらかと言えばもっと準備に時間をかけるほうがすきなんだ。だから、人々の前に出たときにはまだ僕としては十分に完成しているのではなかったし、最高の状態でスケートをしたわけではないので、二つのプログラムでは恐ろしいほど緊張をしたよ。試合そのものはまずまずだった。ショートプログラムではいくつか大きな失敗をしたけれど、ロングプログラムはいつもに比べれば練習時間が少なかったわりには、かなりうまく行ったと思う。アリーナのファンは最高で、たくさんのジョニーズエンジェルを見ることができてすごくワクワクしたよ。たくさんの人たちが僕のことを、ジャンプの着地やあまりにも遅いスピンやステップでの躓き、精密さなどについて、悪く言っても仕方ないと思う。どの試合にも、僕は銀メダルを取ったトップのアメリカ人スケーターとして出場するんだけど、又、ダブルトーループでタイトルを失ったよ。シニア男子の試合がダブルトーループで決まるなんていったい僕はどんな世界に住んでいるんだ？一度ならず二度までもダブルトーループで負けた後でも、僕にとってはとてもばかばかしいことに思う。僕は世間知らずではないし、スケート/芸術性/算数/スポーツ/コンテストについてよくわかっているけど、でも、いい加減にしろって思うね。</p>

<p>スケートアメリカから帰るとたくさんの問題がおきていた。すぐにも近づいてくる東京のＮＨＫ杯に備えて、早くブレードを何とかする必要があった。僕のスケート会社Reidellに電話をして、僕がどうしたらいいか提案をしてくれるように頼んだ。すべての家庭を通して彼らは天使みたいだった。彼らは僕にチェックするべきことをみんな教えてくれた。左のスケートが内側にずれていて（皮と足の形が内側によじれていた）、かかとが数センチ今までより高かったのを見つけた。そのときまで感じていた痛みとジャンプの着地での不都合について説明した。わかりやすいように説明すると、僕は左の足をスティレット（ヒールの高い靴）で、右足をバレエのフラット靴で滑っていたんだ。試合と試合の間の短い時間では僕に残された案は、工場へ割くシーズンからの左のスケートを送り、くるぶしを補強してもう一シーズンをスリップやスライドしても過ごせるだけ丈夫にすることだけだった。Reidellは２日でスケートを送り返してくれて、僕はスルヤボナリーがやったように、二つの違う靴、１つは新しくもう１つは古い靴で氷上の練習をした。</p>

<p>日本に立つ二日前に、この一年で３度目のひどい風邪を引き込んだ。実際、疫病みたいだったよ。ちょっと言わせてくれ。１４時間飛行機で飛んで、何も聞こえない、何も匂いをかげない状態に比較できるようなものは何もない。天国だよ。日本について、この国を見てファンに会ったときはいつものようにワクワクしていた。試合に出ることにも興奮をしていた。だって、スケートアメリカに比べれば、ずっとＮＨＫ杯のほうがよく準備が出来ていたからね。日本では毎朝ベッドから転げ落ち、目の前はどんどん暗くなっていき、咳はさらにひどくなっていった。毎朝毎晩医者に観てもらい、何とか試合をやりぬこうとした。また二つのそこそこのプログラムをやってまた銀メダルを獲得した。でも、いつでも倒れこみそうで死んでしまいそうな感覚と戦いとおしたことが僕にとっては真の勝利だった。数年前にはこんなことは出来なかっただろう。日本の観客の受け入れ方はいつものように信じられないほど素晴らしかった。日本では、彼らが僕が日本人であるかのように、僕を支えてくれている気がしたよ。あそこに行くことができてまずまずのスケートができてうれしかった。</p>

<p>グランプリの二つの銀メダルで、グランプリファイナルに出場できるポイントを獲得した。連盟は、もしファイナルに出場できたら、日本にいてもいいといってきたので、僕とガリーナはそうすることに決めた。一週間半を名古屋郊外にある豊田市の中京大学アイスアリーナで練習をした。安藤美姫や他のニコライモロゾフのグループと一緒に練習した。氷のコンディションは素晴らしく、世界でこんなにいい氷を見たことがない。安藤美姫のスケートはとても印象深かった。彼女はたくさんのクアドと、トリプルートリプルのコンビネーションを成功させていた。彼女は一緒に練習するには最高の刺激になった。彼女のおかげでさらに一生懸命練習したよ。日本で過ごした時間をとても楽しんだし、練習をしたり、「疫病」から回復するには最高の場所だった。</p>

<p>それがわかる前に韓国の高陽市でのグランプリファイナルに旅立った。試合のことを言えば、僕の練習はまずまずだった。まだ病気で弱っていたし、ランスルーをやり遂げるのは闘いのようなものだった。韓国に戻ってきて、韓国のエンジェルやファンたちに会うのはとてもワクワクした。飛行機から降りるとカメラと特別な歓迎の猛襲をうけた。すぐにみんなに会えたのはとても嬉しかったけれど、こういう場合にはふさわしくない服を着ていた。新しい宿に荷物を降ろして、試合を始めた。観客はすごくて、僕のためにロックコンサートにいるみたいに叫んでくれたよ。</p>

<p>氷に上に立ててとても幸せだった。ショートプログラムではトリプルアクセルで大きな失敗をし、６人の男子のうち４位になった。願っていたような演技ではなかったが、僕が観客に見せたいと願っていたような演技ではないという以上のものだった。観客は僕を興奮させてくれたけれど、彼らを失望させたような気がした。フリープログラムでは懸命にがんばったけど、素晴らしい順位に入れるだけのものは出来なかった。それでも、観客はまるで僕がチャンピオンになったような気にさせてくれた。３位になったけど、優勝できなかったことはとても残念だ。それに、僕自身の中ではショートプログラムであんな失敗をしてしまったことが残念だった。</p>

<p>韓国での試合はとても良かったし、ジュニアグランプリファイナルは才能の宝庫であることを知って興奮した。アメリカはすごく強く、ロシアも素晴らしいペアが現れた！キムヨナのスケートを見て、とても興味深かったよ。彼女が感じていたプレッシャーを想像もできないけれど、彼女が母国で素晴らしいことをしたのを見てとても彼女を誇らしく思った。韓国にいる間にどれほど僕が人気ものになったかを知ってショックだった。国に帰るために飛行機に乗ろうとしたとき、ほとんどの韓国の大きな新聞のトップに僕がいて、空港ではすべての人が、警備員まで、サインや写真をほしがった。これは素晴らしいことだし、愛情のほとばしりに感動した。最高のスケートができなかったにしても、ファイナルでの僕の体験では畏敬の念に打たれた時間だった。</p>

<p>アメリカに戻って一週間後、キムヨナの主催するチャリティークリスマスショーのために又ソウルに戻った。又ファンから誠意のこもった歓迎を受けた。ＪＦＫ空港でも大韓航空のエアアテンダントやスタッフがファイナルの後こんなに早く韓国に向かうのかを知りたがり、写真をほしがった。僕は何か特別のことをしているような気にさせられたし、僕のスケートを通して人々を幸せに出来たら良いと願っているよ。</p>

<p>とにかく、ソウルについて、すぐにホテルに送り込まれ、ベッドで休む前に韓国語のレッスンを受けていくつかのミーティングをし、翌日はリハーサルを始めることにワクワクした。たくさんのメディアがやってきて、キムヨナと僕をフィルムに治めようとした。僕は二人のデュエットを練習し、オープニングとクロージングのナンバーを練習した。あそこにいられることがとても幸せで、ユナをショーで手助けできることも、もちろんチャリティーのためにお金を稼げることも、嬉しかった。クリスマスイブはスケーターたちのためにケーキカットのセレモニーで終わり、幸せな微笑みに包まれた。韓国のファンは、特にこの大事な休日に僕が家族からこんなに離れているのに、僕をとても居心地よくさせてくれた。彼らみんなが僕を見にきてくれることが出来て、とても嬉しかったよ。</p>

<p>クリスマスは実に興味深かった。朝起きて午後のリハーサルとショーの準備をした。リンクに行きいつもとはだいぶ違うような気がしたので、ロッカールームに行きしばらく横になっていた。次に起きたことはとてもすごい出来事だったから、みんなにも分け合いたい。ひどい胃のウィルスにやられて、エネルギーがなくなり、歩くことも出来ず２分以上胃にものを収めておくことも出来なくなった。でも、僕はめかしこんでショーをやらなくてはいけなかった。オープニングナンバーさえ出来ないと思うほどひどい状態だった。ゴミ箱で最後の「セッション」をしてから僕はヨナとのスペシャルパフォーマンスのために氷に出て行った。スケートをするのはすごく困難だったけど、観客の力で何とか滑り通したよ。僕とヨナのスケートを見て彼らはすごく興奮した。ヨナは僕のことをとても心配してくれて、プログラムの間中、僕が大丈夫かどうか尋ねてくれた。演技を終えた時には、とてもうまくいったよ。僕らは素晴らしいスケートをした。</p>

<p>氷から出て、すぐにゴミ箱に行き、僕が飲むはずだった水を戻した。二人のスケーターが終わると、また僕の番だ。韓国ファンへの特別なプレゼントとして、僕は「白鳥」を滑ることを決めていた。氷上での最高に輝いた瞬間とはいえなかったけれど、観衆が僕を助けてくれて、演技をやり通すことが出来た。時間がたつにつれて、僕は観客が僕がひどい病気であることを知っていて、僕の演技の間中ずっと叫び、ヒューヒューと音を出し続けてくれるのだと思った。いつものようにいい演技が出来るように元気だったら良かったのにと思ったよ。そして、韓国の観客に僕が彼らのクリスマスを祝うために最善を尽くそうとしているのだということをわかってもらいたかった。これはこれなりに、氷上にいて、僕の大好きなことをやれたから、クリスマスの過ごし方としては最高だった。僕は演技を終えて、ロッカールームに戻り、マッサージテーブルに倒れこんで気を失った。</p>

<p>あと何日か韓国で養生して、何人かの医者に見てもらって、１４時間の飛行機の座席に再び座った。僕のファンは僕のことをものすごく心配してくれて、元気になるように言うためにホテルやその周りにきてくれた。僕はホテルで少し落ち着いて、ウィルスが僕の体からでていって気分が良くなってから、しばらくの間町に出かけた。かわいそうなママはたびたび電話をかけて僕のことをチェックしてくれて、彼女がここにいて僕の手助けが出来たらよかったのにといっていた。でも、僕はすべてがうまく行っていると保証した。僕は自分が「ベニファー化」しているのを知った。「*ベニファー」というのはＪ．ローとベンアフレックが一緒にいた時、メディアが彼らを「ベニファー」と呼んだんだ。そして韓国のメディアやタブロイド紙がやった同じようなことをそういってみたんだ。彼らは僕とヨナを「ヨンジョカップル」と呼んでいる。素敵だと思うね。みんなに受けるといいな。)韓国は僕にとっては厳しい旅だったが、面白い時間を過ごしたといえる。ショーは成功し、僕はロックスターみたいな気分で、素敵な治療のクリスマスをすごし、チャリティーは子供たちを救うためのたくさんのお金を集めた。そして、僕は韓国のファンからたくさんの美しいプレゼントをもらった。素晴らしい旅行で、韓国で素敵な思い出をたくさん作ったよ。</p>

<p>大騒ぎのクリスマスの後で、ニュージャージーに戻って僕の胃に優しいウクライナの料理を食べて、体はいつもの状態に戻った。ガリーナヤコヴレヴナはとても心配して、僕が良くなるように文字通り饗宴を作ってくれた。とても役に立ったよ。大晦日には僕の親友の一人、クリスタグラコスがモントリオールから尋ねてきてくれた。クリスタはギリシャを代表して国際大会に出ている素晴らしいアイスダンサーだ。僕らはおしゃれをしてディナーを取るためにマンハッタンのＣｉｐｒｉａｎｉに出かけた。そして、その後パジャマを着て僕のソファーでタイムズスクエアのボールドロップをテレビで見た。彼女が来てくれて、少なくとも僕が家族の一人みなしている人が、休日の一日を一緒に過ごしてくれるのは素晴らしいことだ。休日に関しては、最も試合などの行事の多いホリデーシーズンだった。感謝祭は東京で、クリスマスはソウルで、新年はニューヨーク市で過ごしたから、しばらく僕は自宅にはいなかったんだ！</p>

<p>ナショナルへの準備は今まさにフルスイングだ。僕は家から６週間も離れて、二つの大きな病気をした後で、体力を取り戻そうとしている。スケートはしばらく調整をしていて、僕は出来る限り前向きに考えている。ナショナルをすごく楽しみに待ているし、今シーズン僕がしてきたことを改良しているところだ。今シーズンはまだ金メダルを取っていないので、シーズンの第２幕に向けて実際に炎を燃やしているよ。今年は今までのところいろんなことを潜り抜けてきたように感じている。病気や、器具の問題、低い自己評価、厳しい練習コンディション、家族に会えないことなど。もしもっとやってくるとしても、やってこい。すでに全米選手権に向けて一生懸命準備を進めていて、強さと、そしていつものように、美しいものを見せられるように願っている。</p>

<p>エントリーを終える前に、今シーズン僕を支えてくれたすべての人たちに感謝したい。みんなのことをどこにいても感じている。僕にとっては人々がこんなに熱心に僕がうまくやれることを願ってくれて、厳しいときに手を貸したいと思ってくれているのは大きな意味があるんだ。一人ひとり名前を呼ぶことが出来たらどんなにいいだろう。僕は素晴らしい状況にいて、それは何もせずに手に入れたものでは決してないからだ。今シーズンの残っている期間にみんなが僕を誇りに思ってくれることを願っている。指を交差して願をかけるよ。</p>

<p>２００９年にはみんなが成功を愛と知識に恵まれますように。人生は時にはつらいものだけれど、苦しい時間のすべてが何か素晴らしいものへのフリーチケットになるだろう。平和と愛をすべての人々に。</p>

<p><br />
いつでも愛しています。</p>

<p>ジョニー</p>

<p><br />
Ｐ．Ｓ　いつもそしてずっと、もし僕が書いたことで何か感情を害させたり、傷つけたりしたら、ごめんなさい。どうか僕の言うことをあまり深刻に考えないで。そして、僕の次のエントリーで修正できたらやってみるよ。キスを贈ります。</p>

<p>* お金と名声と美貌のあるカップルのことを言い,あまり好まれないカップルであることが多い</p>]]>
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>朝日ヘラルドの記事</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://jwejp.net/words/2008/12/post-13.html" />
    <id>tag:jwejp.net,2008:/words//3.184</id>

    <published>2008-12-17T03:10:40Z</published>
    <updated>2008-12-17T03:15:33Z</updated>

    <summary>お友達のてまりさんがご自身のブログにＵＰされていたのを お願いしてこちらに頂きま...</summary>
    <author>
        <name>あすか</name>
        
    </author>
    
        <category term="ニュース・記事" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://jwejp.net/words/">
        <![CDATA[<p>お友達のてまりさんがご自身のブログにＵＰされていたのを<br />
お願いしてこちらに頂きました。<br />
てまりさんありがとうございます。<br />
是非読んでみてください</p>

<p>原文は<a href="http://www.asahi.com/english/Herald-asahi/TKY200812020048.html">こちら</a></p>]]>
        <![CDATA[<p>フィギュアスケート/２００８ＮＨＫ杯<br />
黒鳥の出現　<br />
アメリカのジョニーウィアー</p>

<p>BY ROB SMAAL, STAFF WRITER</p>

<p><br />
アメリカ人フィギュアスケーター、ジョニーウィアーは日本で最も人気のある外国人スケーターの一人である。日曜の夕方６時に、ＮＨＫ杯で、織田信成に次いで２位になったあと、ウィアーには４人の警備部隊が必要となった。東京のホテルのロビーにはたくさんの女性ファンがサインをもらったり、携帯で撮影をしたりしようと彼を待っていたので、彼をガードしなくてはいけなかったのだ。</p>

<p>ペンシルバニア出身の２４歳の彼は、３度全米チャンピオンになり、２００４年のＮＨＫ杯の金メダリストでもある。ウィアーはまた、ちょっと変わったスケート用の衣装でも知られていて、２００６年の世界選手権で着用した黒鳥の衣装は特に知られている。彼のファッションとスケートは大体において非常に印象的だが、しばしば彼の口から漏れる言葉も多くの注目を集めてきた。</p>

<p>ウィアーはよく人の口に上るスケーターで、数年間話題を提供し続けてきた。自分のことを「プリンセスらしい」といい、かつて自分の演技をライバルのものと比べて次のようなコメントで表現したことがある。「僕の演技を見るとき、（ファンは）コニャックとタバコを手にゆったりと座り、「あー・・・・っ！」といいたくなるんだ。でも彼のは、ウォッカとコカインで楽しむようなものだよ」</p>

<p>ウィアーのコメントは過去には彼を少し窮地に立たせてきた。最近では少しトーンダウンして話すようになったものの、いまだに時々ちょっとしたお楽しみを提供することをやめられないでいるようだ。</p>

<p>ＩＨＴ/Ａｓａｈｉは、１２月１０日から１４日までソールで行われるグランプリファイナルに備えて数日間東京に滞在しているジョニーと、しばらく落ち着いて話すことができた。われわれは、彼のロシアに関するすべてのものへの愛情から、ピザにどんなトッピングを乗せないかということや最近のヒットコメディ「ブレイズオブグローリー」についてまで、様々な広い話題について話しをした。</p>

<p><br />
Ｑ：あなたはどうしてこんなに日本で人気があるのですか？</p>

<p>日本だけではなくロシアでも中国でも韓国でもそうだ。それは僕がどの国に行っても心を開いて、自分がすごいアメリカ人だという態度を示さないからだと思う。旅行をするたくさんの人たちが、スポーツマンとか、セレブとか、歌手とかそういう人たちだけど、彼らが、自分が最高で他の場所からは何も学ぶことは無いと信じたまま、あちこちに出かける。僕は人々が（僕がそういう人間じゃないと）感じてくれるんだと思う。それに、僕が優れたフィギュアスケーターで、日本のファンがそれを評価してくれるのだといいと思う。</p>

<p><br />
Ｑ：日本語を勉強していると聞いたのですが、本当ですか？</p>

<p>少し、本当にちょっとだけ勉強した。毎日コーチ（ガリーナズミーフスカヤ）とロシア語で話しているから、たくさんの語学を身に着けるのはとても難しくなってきている。あんまりたくさんロシア語をしゃべっているので、時には英語さえ変な英語になってしまうんだ。</p>

<p><br />
Ｑ：ロシア語は達者なんですか？</p>

<p>達者というわけではないけれど、毎日一日中その近くにいたら、生活の一部になってそのうち英語さえロシア語みたいに話し始めるものだよ。</p>

<p><br />
Ｑ：最近ではスケーターのために衣装をデザインしているという記事を読みました。もっとそういうことをやってみたいですか？</p>

<p>そうだね。僕はあらゆるスケーターのためにデザインしたい。だって、僕はスタイルに関していいセンスを持っているし、どんな格好でどんな音楽をやったらいいかということにもいいセンスがあるんだ。自分の（衣装を）デザインするのは、自分が何を着てどんなことを演じるかをしっかりわかっているからだ。フィギュアスケートの衣装は歴史的に、狂いじみていて、度を越していて、ふわふわしていて、きらきらしているもので、それこそあるべき姿なんだ（笑い）</p>

<p><br />
Ｑ：お母様がご一緒に日本に来ていますね。家族はとても重要ですか？</p>

<p>家族は僕にとってとても重要だ。家族からは２時間位はなれたところに住んでいるけれど、めったに会いには行かない。練習のスケジュールがすごく厳しいので。母は１２歳のときから僕と一緒に試合に来ている。彼女がここにいるのは、反響を知るためにいいし、落ち着くんだ。それに、彼女も出て行って世界を見るのを喜んでいる。</p>

<p><br />
Ｑ：趣味は何ですか？あなたがリンクを離れたときにすることは？</p>

<p>ニューヨークのごく近くに住んでいるので、週に３回はニューヨークに行き、レストランや劇場に行ったり、フィギュアスケートから離れるためにできることを何でもする。何でもいいんだ。ショッピングや、読書、デザイン、ウィークエンドや休みの日には、フィギュアスケートについて考えたくない。</p>

<p><br />
Ｑ：普通は週に何時間くらい氷の上に乗るのですか？</p>

<p>週に５日、一日に３時間くらいで、あまり多いようには聞こえないだろうけれど、ロシア人コーチについているときには、氷上にいる３時間にすべてのことが詰め込まれるんだ。だから前の夜には必ず、良く休んで、練習に耐えられるだけの食べ物を食べなくてはいけないんだ。僕の生活のすべては練習と試合を中心に回っている。</p>

<p><br />
Ｑ：最近アイポッドには何が入っていますか？　どんな音楽を聴いていますか？</p>

<p>言葉を習うのに役立つから、ロシアの音楽をたくさん聴いている。クリスチナアギレラのすごいファンで、もうずっとずっと長い間そうなんだ。彼女は絶対すごいよ。ジャスティンティンバーレイクとか、フレミングリップスや、エルトンジョンも好きだ。好きなものの幅が広い。音楽を使うスポーツをやっているから、新しいものや興味のあるものをいつも聴いているんだ。</p>

<p><br />
Ｑ：次の文に言葉を続けてください。「日本のレストランで僕はいつも・・・」</p>

<p>はまち、つまり、はまちのすしを注文する。</p>

<p><br />
Ｑ「僕が耐えられないものがあるとしたら・・・」</p>

<p>不潔なこと（笑）</p>

<p><br />
Ｑ：「出かけるとき手放せないのは・・・」</p>

<p>サングラス</p>

<p><br />
Ｑ：「もしフィギュアスケーターでなかったら、たぶん・・・」</p>

<p>「大学に行っていた。２週間語学を勉強して、それから大学に行くこととスケートをすることを一緒にうまくやることはできないだろうとわかった。だから、勉強をやめたんだ。僕の人生の次の部分に何が来るのかを見いだすのはとても興奮することだが、僕としてはぜひファッションデザイナーになりたいと思っている。</p>

<p><br />
水曜日の新聞でロブスマールの、ジョニーウィアーとの対話、パート２を読んでほしい。</p>

<p>フィギュアスケート２００８ＮＨＫ杯<br />
わが道を行く　<br />
アメリカのジョニーウィアー</p>

<p><br />
インタビューの第２部では３度の全米チャンピオンが、ウィルフェレルの映画、「俺たちフィギュアスケーター」の中で、彼のロシアへの偏愛について笑いものにされたことについてや、人生での最大の後悔、そして、現在彼を縮み上がらせていると自分で言っていることについて、話をした。</p>

<p><br />
Ｑ：ウィルフェレルの「俺たちフィギュアスケーター」というスケートのコメディ映画をご覧になりましたか？もしご覧になっていたら、どう思われましたか？</p>

<p>その映画の役の一人は僕をもとにしているから、観て、どんなことをやっているのか知りたいと思っていた。僕は物まねをされたり演じられたりするということは、最高のお世辞だと思うから、かっこいいことだしおかしいと思っているよ。フィギュアスケーターにとって映画でのすべてのことは実際のフィギュアスケートと比べるととても年齢制限のある内容に見えるね。かなり稼いだようだし、いい映画だったんじゃないの。</p>

<p><br />
Ｑ：プロデューサーは映画についてまったく相談しなかったんですか？</p>

<p>一場面だけちょっと出てみないかときいてきたけど、スケジュールの都合でできなかった。でも、役の一人は大雑把に言って僕を基にしているとは言っていた。鳥の格好をした衣装は僕のスワンの服をからかって作ったものだ。すごくいいと思うよ。弟のともだちはみんな彼に聞いたそうだよ。「ねえ、あの映画でお前の兄さんを笑ってるんじゃないの？」ってね。みんなすごくかっこいいと思ったそうだ。</p>

<p><br />
Ｑ：あなたの人生についてまじめな映画を作るといったら、誰に演じてほしいですか？</p>

<p>僕じゃなければ、エイドリアンブローディかな。彼はすごい俳優だと思うから、彼にやってもらいたいな。背が高くてやせていて黒い髪だ。</p>

<p><br />
Ｑ：今までのところ、人生の最大の後悔は何ですか？</p>

<p>最大の後悔は自分を信じられないときに感じる。この競技は熾烈で意地悪なスポーツだし、だんだん年をとってくると、最後の日に手にしているものはは自分自身だということを理解するようになる。この競技でも、人生でも、どんなときでも、何よりもまず、自分を信じ、愛さなくてはいけないんだ。自分を信頼し、自分自身を信じられなかった時のことを振り返ると、そのことが一番思い返してつらいことだし、悔やんでいることだよ。</p>

<p><br />
Ｑ：ピザに乗せるもので大嫌いなものがあるのですか？食べられないものが？</p>

<p>ブラックオリーブとアンチョビーだ</p>

<p><br />
Ｑ：あなたはよく人口に膾炙される人として知られています、フィギュアスケーターのヨギベラのようなものです。メディアはあなたが今人を面白がらせることを期待していると思いますか？</p>

<p>引き合いに出されることやおかしなことも、それが僕だ。僕はちょっと変わっているし、言いたいことを言いたいときや、物事を感じたときに言っている。でも、多くの人たちが僕がどんな人間かを知り始めたとき、オリンピックのころだけど、そのときには僕はまだずっと若かった。スポットライトの下に引き出されて、アメリカですごく人気のあるスケーターで、愛憎含めてみんなの気になる人間だとしたら、もちろん、そういう人間でなければいえないようなことが口から出てくるものだ。でも、僕は頭がいいし、自分が何か物事について話したり、そのことが実際にはどういう意味があるのかとかその成り行きを十分理解したりできるだけ、賢いし、だからもし僕がドラッグについて話したり、ニュースで報道される恐ろしい事件について話したりしても、その意味することや実態がわかっているから、話してもかまわないはずだ。</p>

<p><br />
Ｑ：あなたはあなたが話すことの中にあるユーモアに焦点を当てたり、そのことをわかってくれる人たちがいてほしいと思いますか？</p>

<p>そうだね、僕らはテキストメッセージやＳＭＳをやる世界に今は暮らしているので、声のトーンや調子で表現するのはむずかしいし、今の若い人たちに話そうとするときでさえ、彼らがあまりにも人を書いているものを読んで定義することになれているので、目を見て話すこともできないんだ。僕は人々にあんまり僕のことをまじめに受け取らないでほしいけれど、それと同時に僕が年齢を重ねるに連れて、自分が若者たちや若いスケーターたちの模範であるということも理解し始めているから、彼らが信じて理解できるようないいことを言わなくてはいけないということもわかってきている。</p>

<p><br />
Ｑ：何か言ったときに、すぐに「おっと、これはまずいかもしれない」とわかったときがありますか？</p>

<p>数年前にドラッグ関連のことを何回か話したときだね。コカインについてだ。僕は若くて、若いということは、ドラッグについて話したり、ドラッグに調子を合わせたりする文化の一部だということなんだけど、プレスやジャッジ、僕がやっている競技や分野の人たちからたたかれたことを通じて、やってはいけないことだったとわかったよ。僕は縮こまってしまった―――よく縮こまるんだ。でも、僕の言ったことの後ろにはいつも僕がいるんだから、仕方が無い。</p>

<p><br />
Ｑ：ロシアへの興味はどこから来ているのですか？</p>

<p>わからない。ペンシルバニア州の小さな町（コーテスヴィル）で育ち、ロシアやソビエト連邦について知っていたのは、冷戦時代に生きてきた僕の祖父母や両親から聞かされるものだったから、悪いことばかりだった。でも、魅力を見出して、それを持ち続けたんだ。ロシアは２番目のふるさとのように感じている。二つ目の祖国だ。ロシアに行って、もっと学習し、もっと知ることができる機会があったら、決して見逃さない。ここに来る前、僕は実際、ロシアに住む友人の一人と話をして、スケートをやめたらすぐに、モスクワからウラジオストックへの旅行をしなくちゃいけないとい話してたんだ。どうしてロシアが僕を魅了したのかはわからないけれど、歴史やあの国のロマンチックな歴史を楽しんでいる。社会主義時代についてはあまり知らないけれど、あの国のすべてのロマンチックなものや文化が大好きだ。</p>

<p><br />
Ｑ：日本以外に、ロックスターのような扱いを受ける国はありますか？</p>

<p>ロシア、韓国、中国なんかはすごいね。アメリカでは今はそれほどフィギュアスケートが人気が無いので、できればみんなが関心を持ってくれて、僕がもう一度みんながこのスポーツに興味を持つように手助けができることを祈っている。</p>

<p><br />
Ｑ；最後の質問、ボクサーパンツかブリーフか？</p>

<p>（笑いながら）間違いなく、ブリーフだ。僕はフィギュアスケーターで僕たちはみんなびっちりした服や密着した衣装を着るから、何でもそれにあわせなくちゃいけないんだ。（ＩＨＴ/Asahi;December 3,2008）</p>]]>
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>Johnny Weir Ready to Set the Ice Alight</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://jwejp.net/words/2008/10/johnny-weir-ready-to-set-the-i.html" />
    <id>tag:jwejp.net,2008:/words//3.179</id>

    <published>2008-10-20T02:07:51Z</published>
    <updated>2008-10-20T02:25:00Z</updated>

    <summary>Insernational Figure Skatingのジョニーの記事の訳です...</summary>
    <author>
        <name>あすか</name>
        
    </author>
    
        <category term="ニュース・記事" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://jwejp.net/words/">
        <![CDATA[<p>Insernational Figure Skatingのジョニーの記事の訳です。</p>

<p>フォーラムメンバーのそらさんのブログ（<a href="http://yaplog.jp/miraisora/">こちら</a>）で訳されたものを<br />
ご好意で訳を頂きました。ありがとうございます。</p>

<p><br />
原文は<a href="http://www.ifsmagazine.com/forum/index.php?showtopic=813">こちら</a></p>

<p>新シーズンに向けての抱負やＰＧのことコスチュームのことなど<br />
とても興味深い内容です。<br />
</p>]]>
        <![CDATA[<p>**記事（IFS）の抜粋**<br />
※ノートルダム・ド・パリについて<br />
15世紀、パリのノートルダム寺院を背景に、鐘つきを務めている世にも醜い容貌の男カジモドと、美しい娘エメラルダとの、切ない恋物語と数奇な運命が描かれる。</p>

<p><br />
ジョニー・ウィアーは今、やるべきことをやっている。水曜日の午後、ウィアはＵＳメディアの電話インタビューで、以前より、ワールドのトップに上がることに対する決意が強くなっている、と語った。</p>

<p><br />
来週ワシントン州のエバレットで行われるスケートアメリカの初参戦で、ウィアのグランプリシリーズが始まる。2008年ワールド大会の銅メダリストは、そのチャレンジを楽しみにしている、と言った。</p>

<p><br />
「これは僕がアメリカで競技する初めての国際大会なんだ」と彼は言った。<br />
「僕は今まで、母国で国際大会に参加する必要性がなかった。これは（US）ナショナル大会への良い下準備になると思う」</p>

<p><br />
なぜ今までスケートアメリカに参戦しなかったのかと聞くと、ウィアは グランプリシリーズ前の準備期間をより長く持ちたかったから、と答えた（アメリカ大会の開催時期は早い）。「今年ＵＳフィギュアスケート連盟は、僕にこの試合に出るかと尋ね、僕ははいと言った」</p>

<p><br />
「僕の目標は（US）ナショナルとワールドの大会で表彰台のトップに立つこと。スケートアメリカは、このシーズン、僕が目標点に達するするためのステップなんだ」</p>

<p><br />
ウィアは去年、彼の人生に与えた著しい変化について語った。<br />
「僕にとってプリシラ（ヒル）の元を離れて、ガリーナ・ズミエフスカヤとトレーニングをすることは大きな決断だった。でもそれは、良い結果のみをもたらした」とウィアは言った。</p>

<p><br />
「去年、僕のチーム（ニーナとヴィクトール・ペトレンコを含む）のおかげで、自分自身と僕がやってきたトレーニングを信じることができた」とウィアは謝意を示した。「彼らは僕に十分な準備をしてくれた。先シーズンは、僕が今まで経験した中でベストなシーズンの一つになった。僕はグランプリファイナル以外のすべての試合でメダルを取った」</p>

<p><br />
ズミエフスカヤとペトレンコとのトレーニングには、ジョニーが言う新しいチャレンジがある。</p>

<p><br />
「僕は毎日、僕にとって外国語であるロシア語でトレーニングを受けている」と彼は言った。「ソ連やロシアのスポーツマンは、人々がスポーツを通して感じる決意や必要性という意識を、いつも持っているんだ。もしベストでなかったら、人生において多くのことで成就しないと考えている」とウィアは言った。「ロシアのコーチ、特にガリーナ世代の人たちは、ソ連の方法で教える。もし結果を出すために最大限のことをやらないのであれば、トレーニングを止めたほうがいいと」</p>

<p><br />
「もちろん、ロシアのシステムでのトレーニングに少しストレスを感じることもある。彼らの教え方やコミュニケーションの取り方は、アメリカのコーチとあまりに違うから。でも僕はそのシステムの元で成長しているし、さらに成長して、よくなることを望んでいる」</p>

<p><br />
「アメリカの人々は怠慢になる機会を持っている。アメリカ人は何かのために、人生の一つの局面を犠牲にすることはない。僕たちは選択する必要がないんだ」とウィアは付け加えた。「しかしロシアのシステムでは、選択をしなければならない。結果を出したときに、やりたいことをやることができる。僕はチームとの練習を通して、人を成功させるのかだめにするかは、毎日が決定付けるのだと感じている。僕にはたじろく機会もないし、リラックスする機会もない。特にシーズンの間は」　</p>

<p><br />
チームは、ウィアがその日その日に必要とするものを考える。そのため彼は、必要とされるトレーニングをすることだけに集中できる。「僕は起きたときから完全に管理されている」とウィアは言った。「ニーナがざくろジュースを作ってくれるので、僕は一日をスタートするエネルギーをとる。そして便利なことに、スケートリンクまでの迎えがある。僕は次の練習と次の競技大会以外、何も考える必要がないんだ」</p>

<p><br />
ウィアは新しいトレーニング体制の中で、彼の身体にも変化があったと言う。「今年僕はジーンズが入らないという、ショッキングな変化に気付いたんだ。クレイジーはスピンとジャンプのトレーニングのために、僕の足は太くなっていた」と彼は言った。「でも僕は、大いにクリエイティブな違いを感じることができる。それはスケートをする上で、絶対に必要な何かなんだ。年老いた犬に、新しいトリックを教えるのは難しいのと同じ」</p>

<p><br />
2008年のＵＳ銀メダリストは、ジャンプのファンではないけれども、今シーズンのフリープログラムにクワドと取り入れる予定だと言った。「僕はクワドがフィギュアスケートの全てだとは思っていない。僕はその理論を頑として信じない」とウィアは言った。「（クワドを取り入れようと）試みて失敗すると、美しいプログラムの価値が落ちる。問題なくそれを行うことができる人を高く評価するけど、僕が自分の道をとるなら、それをしないだろう」</p>

<p>ウィアは今シーズン、ワールド大会でトップスケータの一人になるためには、自分自身を確立することが重要だと考えている。「僕にとって、クリーンなスケートをすること、無理することなく、あらゆる面で自分ができうるベストにもって行くことが全てなんだ。来シーズンは無理をしなければならないシーズンになる」と彼は言った。</p>

<p><br />
ウィアは過去、競技に対して内向的であったことを認めている。そして彼は今、新たな自信をもって競技に臨むと言った。「僕はそこにいく（競技に臨む）準備ができている。そして何が可能なのか分かっている。このような強力なチームを持っていること、僕が問題を抱えたとき、いつでも相談をできる相手がいるというのは、競技に向かうときとても心強い。</p>

<p><br />
ジェフリー・バトルの不意の引退発表について尋ねたとき、ウィアは冷静だった。「僕はそのことについてあまり考えなかったけど、彼は最高の結果で止めたと思う。ジュニアランクのときから一緒に上がってきたから、ショックだった」とウィアは言った。</p>

<p><br />
ウィアは新しいプログラムを気に入っているけれど、新しいジャッジシステムは好きではないと言った。「僕はショートプログラム"On the Wings of Time"に満足しているけど、要素をこなすことに翻弄されて、ムードを作ったり、美しく表現する貴重な時間がほとんどない。何らかの趣向を取り入れる時間もない」</p>

<p><br />
「僕はテクニカル要素以外の何かを促進する、この新しいジャッジシステムを信じていない。プログラムの中で息をする時間もない」と彼は言った。「ムードを作ったり、なにか興味深いものを見せるチャンスは全くないんだ。ジェフは昨シーズンの、技術面と芸術性のバランスをうまく取り入れたプロフラムで、すばらしいパフォーマンスを見せたと思う。ステファン・ランビエールもそれがすごくうまい」</p>

<p><br />
ウィアは"Notre Dame de Paris"の新しいロングプロフラムを、とても興味深いものだと言った。「まるで僕が、猫背男(カジモド）とエメラルダを暗示した話し手のようなんだ」と彼は言った。</p>

<p>新シーズンのコスチュームのデザインを尋ねると、ウィアは熱狂的になった。<br />
「ショートプログラムの新しいコスチュームは昨日届いた。今年はすべて自分でデザインをして、それは本当にすばらしい経験だった」と彼は言った。「僕はスケッチをガリーナに持っていって、それで大丈夫かと尋ねたんだ」</p>

<p><br />
「ショートプログラムに関しては、ファンタジーでありたいと思った。バイオリンの曲なので、色と何か強いもの、そして幻想曲を奏する指揮者が着るようなものが欲しかった」と彼は加えた。「肩の飾りや、ベルベット、ライトストーンは少し封印する。それが僕なんだけど」</p>

<p><br />
フリープログラムに関しては、醜い男性や教会の配色も含めて、ノートルダムから多くのインスプレーションを得たとウィアは言った。「ご存知のように、古びた石垣に、古びた窓。僕はわずかでもエメラルダであったり、カジモドである何かが欲しかった」と彼は言った。「Johnny Weirish（ジョニー流？）なんだ」 </p>]]>
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>2008年9月　公式Ｑ＆Ａ その2</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://jwejp.net/words/2008/09/20089-2.html" />
    <id>tag:jwejp.net,2008:/words//3.175</id>

    <published>2008-09-08T17:34:20Z</published>
    <updated>2008-09-08T17:46:33Z</updated>

    <summary>公式Ｑ＆Ａの後半を訳しました。 このＱ＆Ａがアップされた直後にさっと読んでみて、...</summary>
    <author>
        <name>Chicco</name>
        
    </author>
    
        <category term="公式Q&amp;A" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://jwejp.net/words/">
        <![CDATA[<p>公式Ｑ＆Ａの後半を訳しました。</p>

<p>このＱ＆Ａがアップされた直後にさっと読んでみて、ジョニーの物事をはっきり言うところ、誤解を恐れず自分なりの意見を貫こうという姿勢に私は惹かれるのだな、と再認識した気がします。</p>

<p>大急ぎで上げた訳なので、私が打たれたジョニーの文章の良さがお伝えできているかどうか自信がありませんが、せっかくのステキなＱ＆Ａを少しでも多くの方に楽しんでいただければ訳した甲斐があります。</p>]]>
        <![CDATA[<p>Jeong-eunより<br />
Q: 夏を満喫していることを祈ります。私の質問です。出来たらよいのにと心から願うことが何かありますか？<br />
 <br />
A: 裁縫を習う必要があるね。ヘブライ語・日本語・韓国語そしてノルウェー語を身につけたい。飛ぶことが出来たらと心から思うよ！ </p>

<p>Bobより<br />
Q:  WNBA のスターで（名前を覚えていなくてごめん）オリンピックでロシアから出場した選手への批判についてあなたの意見は？ 中には彼女を「裏切り者」と呼んだ人がいたけれど、一方で彼女の選択を立派だと思う人もいた。それから、オリンピックか世界選手権で要請を受けたらロシアから出場する？</p>

<p>A:アメリカのメジャースポーツチームの多くは、アメリカ人と他国出身の選手で構成されていると思うYao Mingがアメリカから出場しないことにがっかりした人はいない、中国籍で出場するのが自然だからだ。 多くの人から同じような質問を受けた。僕の芯の部分はアメリカ人だけれど、アメリカ人であることについての僕の意見は大部分の人とは違うだろうね。もしロシアかそのほかの国から、僕がその国を代表するに足ると判断して、その国を代表する要請を受けたとしたら、そのことをこの上ない賛辞だと受け止めるだろうね。もし全てが合法的でその国の市民権を持っており、それが可能だとしたら、要請を受けるだろう。いまの時点ではパスポートを一冊しか持っていないし、僕の国のためにメダルを獲得するという使命をおっているよ。もう一つ僕がよく言うことは、リンクに上がると自分が全ての国を代表しているという気持ちになるんだ。今年スウェーデンの世界選手権の時、アメリカ・スウェーデン・ロシア・アイルランド・ハンガリー・日本の旗が僕に向かって振られていた。そのことは僕にとってこの上ない賛辞なんだよ。アメリカ人である自分、自分の国を誇りに思う自分がありながら、同時に僕らの世界とその住民や文化の良き代表であることが大切だと思うんだ。<br />
 <br />
無記名より <br />
Q: あなたのスケートスタイルが好きです。料理が出来ますか？毎日料理をしていますか？</p>

<p>A:料理をするよ。毎日料理するわけではないけれど、毎日の食事は自分で作るか整える。とてもおいしいサラダとドレッシングを作ることができるし、ラムとビーフを料理できる。上手く出来たためしがないのは魚料理だな！<br />
 <br />
Junnaより<br />
Q:日本製アニメ又はコミックのどれが一番好き？</p>

<p>A: もちろんCheburashkaが僕のお気に入りのアニメだけれど、そのほかなら 「アトミックボーイ」と「マイティーマウス」 が好きだ。<br />
 <br />
Norkaより<br />
Q: あなたのスケートスタイルが大好きです。あなたは幸せですか？多くの物事や人に囲まれている今、スケートをすることがつらくなることはないのでしょうか？</p>

<p>A:僕は最低でも週に3回は泣くし、そのことを恥ずかしいとは思わない。気分の浮き沈みがあって哀しかったり幸せだったりするのは自然なことだと思うよ。当然ながら僕の人生がいつでもハッピーってわけじゃない。時々もし人生のある側面が今と違っていたとしたら僕の人生はどう変わっていただろうと考えることがある。僕は素晴らしい生活を送っていると思うし、神か僕らを毎日守護してくれる誰かに向けて、自分が好きなことを出来て僕の人生が適度に快適なことを感謝したい。一つつらいことは、時々寂しくなることだ。スポーツマンであること、それも一流のスポーツマンであること、特に成果を積み上げて行くためには時には孤独な生活を強いられる。僕の生活の一部だし、受け入れることが出来るけれどね。 </p>

<p>Juliaより<br />
Q: スケートアメリカに出場するのを喜んでいないことは知っています。自分の国で世界選手権が開催されるのを歓迎していますか？それともロシアのようなほかの国で滑ることを好みますか？</p>

<p>A:スケートアメリカに出場することを嬉しく思っているよ。グランプリイベントで唯一出場したことがないイベントだったからね。僕の第一希望はもちろんカップ・オブ・ロシアだったけれど、あそこで演技や競技することが大好きだからだ。ボルシチとペリメニ（ロシアの代表的料理で水餃子のようなもの）で感謝祭を祝うのにも慣れてきたし。世界選手権のために世界中の選手が僕の国にやってくることをとても歓迎しているよ。今までアメリカで開催される大きな国際大会に出場したことがなかったから、今年はホームグランドで最高の経験が出来ることになればよいと期待している。 </p>

<p>Jemmaより<br />
Q: あなた自身のテレビショーが放映されるという記事があったのだけれど、本当かしら？どのチャンネルで放映されるの？放映予定は？</p>

<p>A: 最初のまとまった製作は06年～07年シーズンにかけてとその前後の僕の生活をおったドキュメンタリーフィルムだ。Sundance channelで放映されるはずだ。正確な日程はまだだけれど09年初頭になるだろう。もし全てが上手く行けば、僕のリアリティーシリーズもSundance で07年～08年シーズンから始まってオリンピックシーズンまで続く予定だ。これら全てからテレビは永遠なんだってことを学んだ。とてもエキサイティングなことだよ。皆に僕の生身の生活を見せるチャンスが出来て嬉しい。僕は一般的に新聞の評価やテレビで放映されるスケートによって判断されている、この番組中ではいつも栄光の場ばかりというわけではないから、皆に僕の実際の姿を見せるチャンスになると思う。ディーヴァなんかじゃない、トラックを運転したりイベントのために荷造りしたりといった僕を。 </p>

<p>Peterより<br />
Q: ジョニー、あなたは世界一才能あるスケーターだと思います。もしあなたがワールドチャンピオンだったとしたら、グランプリのどのイベントに出場することを選んでいましたか？最初と最後のイベントにアサインされてがっかりしていますか？最初と最後を準備するのはどれぐらい大変だと思いますか？それからシーズン初のイベントで、あなたの最大のライバル（エヴァン・ライサチェック）相手に競技することを心配していますか？ジョニー、あなたにとって素晴らしいシーズンになりますように。あなたは素晴らしい人だと思います。</p>

<p>A:実際には、今シーズンどのグランプリイベントに出場するか選択することが出来たんだ。上位3人はシードされて、それぞれが別のイベントに出場しなければならない。ジェフリー・バトルが最初に選択し、ブライアン・ジュベールが2番目に、そして僕は残ったイベントを選択した。最初僕はチャイナとロシアを選択していて、それは去年僕に最適のスケジュールだったからだ。バトルがチャイナとカナダを取って、僕の連盟がスケートアメリカに出場するように招聘して、ブライアン・ジュベールが最初はスケートアメリカを望んでいたのに、僕のアメリカ出場が確定した後で、フランスの連盟はブライアンのためにロシアを獲得したんだ。 最初と最後のイベントで競技するのは難しいけれど、それほど重要なことではない。カレンダーのどこに当たるかに関わらず、両方のイベントでよい結果を残せるよう努力するよ。エヴァン・ライサチェックが僕の最大のライバラではない。アメリカではそうだけれど、世界的にはもっと多くのライバルがいる。シーズン初のイベントに充分仕上がっているようにという励みにはなるけれど、ライサチェックが出場するからといって心配だということは全くない。対戦の準備は出来ているよ。 </p>

<p>Aliaより<br />
Q: エフゲニー・プルシェンコの復帰を真剣に捉えていますか？これほど長い間競技から遠ざかっていてカムバックすることが可能だと思いますか？</p>

<p>A:実際にはゼーニェ（プルシェンコの愛称）はそれほど長い間競技から離れていたわけではない。2シーズンは永遠というわけではないからね。もし彼が真剣に望み、健康と体調が許すなら、復帰できるだろう。彼はとても強い人だ。今競技に加わることは2006年当時より困難だとは思うけれどね。男子選手全体が強くなっているし新採点法に適応して来ているからね。それでも彼は常に偉大だったしチャンピオンだから、僕は最大の敬意を払うよ。 </p>

<p>Rebekkaより<br />
Q: スケートをする上であなたをが目標としていることは何ですか?</p>

<p>A: 平凡に甘んじないこと。毎日前日より成長しようと努めているし、競技では出場する選手中で最高であろうと志している。自分が最高ではないかもしれないという恐れが、前進する機動力になるんだ。 </p>

<p>Madisonより<br />
Q: あなたのファンが熱心すぎると感じたことがありますか？あなたのような競技をする人は誰でも支援を受けることが大事なことは理解できます。でもファンがあまりにも感情移入しすぎて、時にはストーカーすれすれになることがありますよね。ファンがこれほど自分に熱中してくれなければ良いと思ったことがありますか？ジョニーのエンジェルについてどう感じていますか？</p>

<p>A:僕のファンにはいつも驚かされ嬉しい思いをさせられている。とても多くの「エンジェル」が存在して地球上のあらゆるところから来てくれる。フィジーからモスクワまで、アルバニアから東京までといったように。スケーターとして、今の自分があるのはファンのおかげだし、ファンが支援してくれるのと同じように僕も僕のファンをサポートする。僕のファンは世界一結束の固いグループだと感じているストーキングの問題や過度の介入を望む人とのトラブルも経験したけれど、普通は僕のファンは僕を尊重してくれるし、僕も自分のファンを大切にしている。ファンの名前やファンとであったイベントの名前を思い出せないとき申し訳ない気がするけれど、出来る限り記憶するように努力しているんだ。僕のファンは最高だよ。ある人（ライサチェックのファン）が一度、僕の「軍隊が」いかにアグレッシブだったかについて悪意に満ちた手紙をよこしたけれど.僕は人それぞれだと書いた返事を送った。僕のファンは僕や僕が大事に思っている人に対してアグレッシブなんかじゃないから、それは僕にとっては問題にならない。どのファングループもお互いに尊重できれば良いと思うよ。クワンファンとコーエンファン、そしてプルシェンコファンクラブとヤグディンファンクラブの間で長い間対立があったことは知っている。熱中する相手を持つのは良いけれど、力の限りを披露する全ての出場スケーターを応援することが大切だ。</p>

<p>Tianaより<br />
Q: ユタ州からこんにちは！あなたの新しい写真、すごく気に入っています。一つ質問なんですが、オフシーズンの間食生活を変えますか？(一つか二つ禁を破るとか・・・)それとも、変わらず演技をしているから同じ食生活を保っているのですか？あなたのお母さんはあなたのスケート（競技）を観る時ナーバスになりますか？あなたが滑る時（テレビを見ながら）いつも指を組み合わせて「がんばれ！絶対出来るわ！」と言っているので、好奇心を持ったのです。あなたのことを個人的に知らないのにですよ！（あら、質問は2つになってしまった・・・）ありがとう！<br />
 <br />
A: 僕の食生活はほとんど変わらない。オフシーズンには、普通は禁じている食品をとることもあるし、一週間カロリー計算や体重を量ることを止めることもある。一流のアスリートであるためには、一定の体調を保ちダイエットを理解していなくてはならない。 僕の母は僕の競技の時ひどく心配するよ。母が観戦してくれるのは嬉しいけれど、腕をあざだらけにしたり、座席をぎゅっと握りすぎて指輪を壊したり、僕に話しかけたりきちがいのようにウロウロ動き回ったりするんだ（本当の話だよ）。 </p>

<p>Gilyより<br />
Q:今シーズンのあなたの新しいプログラムについて知りたくてたまりません。これまでのあなたのプログラムと比較してどうですか？どんなコスチュームを着るつもりですか？あなたがデザインするのか、それとも今ではガリナ（コーチ）がデザインするのですか？ 今度のシーズンが上手く行くように祈っています！</p>

<p>A:今年はショートプログラムにエレメンツを収めるのがいっそう難しかった。息をするのに何とか1秒ぐらい残るかな。今シーズンは多くの選手が音楽終了後に演技を続けることになると予測しているんだ。 僕のプログラムはとてもよく仕上がっているよ。ロング・プログラムはこれまでの最良の一つになるだろうし、ショートプログラムもそうなるように願っている。どちらもすごく気に入っている。今度のシーズンのコスチュームを両方とも自分でデザインした。とても劇場的でそしてとても文学的なアプローチを目指したんだ。すごく多くのことからインスピレーションを得てね。うまく仕上がるとよいなと願っている。今日丁度仮縫いを始めたばかりなんだ！<br />
 <br />
Maryより<br />
Q: エヴァン・ライサチェックがあなたの以前の振付家タチアナ・タラソワの師事を受けることをどう感じますか。それは正しい選択だと思いますか？エヴァンのコーチのフランクや以前の振付家ローリーに師事した事がありますか</p>

<p>A:エヴァンがタラソワの元で新しい何か、インスピレーションや何かを得ることが出来ると考えたなら、彼にとっては良い選択だと思う。もちろんトレーニングを受けてすごく上手く行った相手に僕の専任でいて欲しいとは思うけれど、それは現実的ではないよ！タラソワがエヴァンにどんな振りをつけたのかを見るのを楽しみにしている。どのスケーターも毎年進歩することを目指すから、それがエヴァンなりのよりパワフルになる道なんだろう。エヴァンの以前の振付家の師事を受けたことはないし、彼のコーチの教えを受けることもしたくない。僕は執念深いたちではない。エヴァンが僕にあてつけるためにタラソワの元へいったと考えるほど思い上がってはいないよ </p>

<p>Loloより<br />
Q: ステファンをニューヨークシティー界隈で見かけましたか？あなた方は二人で週末に出かけたりしますか？</p>

<p>A: ステファンがニュージャージーにいる間に僕らが交流する機会はすごく少ないんだ。僕は普段とても忙しいから、出かける時間はほとんどないし。もちろんステファンは友達だけれど、僕らは毎日リンクで顔をあわせているから、オフの日は出来るだけスケートから離れていたいんだ！ </p>

<p>ステファニーより<br />
Q:　あなたのジャーナルで弟とバカンスへ行ったと読みました。あなたと弟はいつも仲が良かったのですか？私には妹がいるのですが、かなり大きくなるまであまり仲が良いとはいえませんでした。小さい頃は喧嘩ばかりで。あなたとBozも良く喧嘩をしましたか？（Bozというニックネームの由来は?) 弟と良く出かけますか？ あなたの弟はフィギュアスケートをやってみたことがありますか？</p>

<p>A: 弟はとってもクールなやつだよ。 Bozは生まれた時からのニックネームなんだ。フットボール選手の Brian Bozworthにちなんだニックネームさ。数年前に弟が高校を卒業したとき、弟のことをもっと良く知らなければという気持ちになった。僕は弟が8歳の時から旅行やトレーニングで忙しく、弟が大人になったのに、僕はそのことを知らずにいたように感じたんだ！弟とバカンスへ行きたいと思ったのは、もっと近くにいて、話したり弟の悩みを聞き、彼に僕の悩みを話すなんてことをしたかったからだ。僕らの関わり方はすごく成熟したものて、以前からそういう関係だった。僕が意地の悪い兄貴だったことはなく、彼がうっとうしい弟だったこともない。弟に会えないときはすごく寂しいよ。もっと若い頃弟は何度かスケートを試したことがあるよ。中々すじがよかったんだ。自分が氷の上で習ったジャンプを弟にはトランポリンの上で教えたんだけれど、僕より10倍も早く回転できたよ！弟がスケート選手じゃないことを幸せに思う。スケートがタフなスポーツで弟はそれに適応するにはちょっと繊細すぎることもあるけれど、それより弟は僕より上手くなっただろうからね！<br />
</p>]]>
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>公式ページ　２００８･9月　Q&amp;A　その１</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://jwejp.net/words/2008/09/9qa.html" />
    <id>tag:jwejp.net,2008:/words//3.174</id>

    <published>2008-09-07T20:07:24Z</published>
    <updated>2008-09-07T20:28:06Z</updated>

    <summary>公式HP　2008年　9月　Q&amp;A　その１です 大変長いものでしたのでChicc...</summary>
    <author>
        <name>あすか</name>
        
    </author>
    
        <category term="公式Q&amp;A" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://jwejp.net/words/">
        <![CDATA[<p>公式HP　2008年　9月　Q&A　その１です<br />
大変長いものでしたのでChiccoさんと手分けさせていただきました。<br />
質問のほうは内容が分かる程度の要訳にさせていただいております。</p>

<p>原文は<a href="http://www.figureskatersonline.com/johnnyweir/interact.html">こちら</a></p>

<p>すごく答えが大人で、やっぱり素敵な人だなと惚れ直しました（笑）<br />
世界選手権では悔しかったというのが印象的で次に繋がるようで嬉しい気持ちになりました。</p>

<p><br />
</p>]]>
        <![CDATA[<p>from Young</p>

<p>Q:世界選手権でのフリップジャンプでは、ロングエッジコールで減点されてしまいましたね。ロングエッジコールについての考えを聞かせてください。エッジの改善は難しいと思いますが、対策は進んでいるのでしょうか？</p>

<p>Ａ：ロングエッジコールは間違っていないと思うよ。他の多くの選手と同じように、僕はアウトサイドエッジからフリップジャンプを飛んでいるんだ。　フリップをアウトサイドから飛んだり、ルッツをインサイドから飛んでしまう大きな理由の一つには、選手個々の体型が関係しているらしいんだ。骨盤の小さな選手はアウトサイドエッジから、骨盤の大きな選手はインサイドエッジからのジャンプが飛びやすいと言われている。もちろん選手のジャンプテクニックは重要だけどね。ルッツとフリップの双方を正しいエッジで飛んでいる選手はほとんどいないよね。正しいエッジでフリップが飛べるよう練習しているけど、10年も続けてきたくせを直すのはとても難しいよ。</p>

<p> ｆrom Lili</p>

<p>Ｑ：私はあなたの演技が大好きな中国人です。中国は好きですか？</p>

<p>Ａ：中国を訪れるのはとても楽しいよ。中国は僕の国とは随分違っているし、それらの違いを見られるなんて凄い事だよね。もっと若い頃、万里の長城に上った事があるんだけど、それは僕の人生においてとても素晴らしい経験になったんだ。ほとんどの場合、僕は訪れた国々や街々の違いを見るのが大好きなんだよ。</p>

<p> from Lovie</p>

<p>Ｑ：Figure Skating Universeのようなメッセージボードやスケートの雑誌を読むのですか？それともスケートに関することは口伝や噂で聞くのですか？若しくは他の選手の事には興味がないのかしら？</p>

<p>Ａ：僕も人間だから、ゴシップには興味があるよ。でもそれに夢中になる事はないかな。ゴシップばかりのサイトを見るような事は絶対にしないね。ずっと若い頃に一度ゴシップサイトを見たことがあるんだけど、そこはとにかくネガティブで、意地悪な言葉が溢れていたんだ。コンピューターさえあれば、誰にも見られることなく、簡単に人のことが中傷できるからね。僕はあまり噂話はしないから、リンクで待っている5分間に色々と聞くことが多いかな。時には面白い話もあるけど、ほとんどの場合あまり興味ないかな。</p>

<p> from Helene</p>

<p>Ｑ：世界選手権でのショートプログラムは、あなたらしいとても優雅で綺麗な演技でした！あのような素晴らしい演技をして、ついに世界選手権でメダリストになるのはどんな気持ちでしたか？　また去年の今頃、メダリストになっている自分を想像できましたか？</p>

<p>Ａ：世界選手権のショートプログラムはこれまででも最高の出来だったんだ。僕にとって、きっと最後のヨーロッパでの世界選手権で、あのような演技が出来て本当に嬉しいよ。銅メダルを取れたことは素晴らしいけど、少しくやしい気もするんだ。後ほんの少し自分を信じて戦っていたら優勝だって出来ただろうからね。でも今は自分自身とそして国のためにメダルが取れて本当に良かったって思っているよ。一年前にはこんなに良いシーズンが送れるなんて思っても見なかった。僕が困難を乗り越えて一生懸命頑張ってきた成果だと思うよ。</p>

<p> from Franklin</p>

<p>Ｑ：スケート以外であなたの好きなオリンピック競技は何ですか？クラッシックは好きですか？もし好きなら好きな曲目を教えて下さい。いつかは使ってみたいって思っている曲があれば教えて下さい。</p>

<p>Ａ：僕は体操と飛び込みを見るのが好きだよ。後テニスにも興味があるかな。クラッシックは大好きだよ。これまで使ったことがないんだけど、Sviridovの"Snowstorm" やBizetの"Carmen Suite"  でいつか滑ってみたいんだ。どちらも本当によく使われる曲だけど、それでも僕は好きなんだ。それからAlbinoni's Adagioもよく聴いているよ。今シーズン僕の好きなSaint-Preux の"Concert for One Voice" って曲を使ってみたいんだけど、僕にはあまり向いていない曲だからどうするか考えているところなんだ。</p>

<p> from Jake</p>

<p>Ｑ：どんな時でも自分らしく、自信を持っているあなたを尊敬しています。自分がゲイである事を他人がどう感じるか気になっている若い男性に何かアドバイスはありますか？</p>

<p>Ａ：僕は単純な人間なのかもしれないけど、みんな平等だと思っているんだ。ゲイならゲイ。アジア人が何故アジア人なのかを説明したりしないのと同じで、ゲイであることを誰かに説明したり、理解してもらう必要はないと思うよ。僕はありのままの自分を受け入れてくれる人だけにそばにいて欲しいと思う。他人がどう思うかなんて気にせず、本来の自分のままで素晴らしい人になれるよう頑張ればいいんだ。白人と黒人、ゲイの人達、タリバンとアメリカ、その他にも差別は世界中に存在するけど、差別する人達は自分の為でなく、何か別の大儀の為に生きてるんじゃないかって感じるんだ。僕は他の誰かの為でなく自分の為に生きている。それは浅はかなことかも知れないし、他の人から見ると間違っているのかもしれない。でも、僕はそれでいいと思ってるんだ。ありのままの自分を受け入れて、幸せになって欲しいな。</p>

<p> from Mike</p>

<p>Ｑ：全米選手権であなたが銀メダルに終わってしまったのは、不当な判定だったと信じています。この結果に腹が立ちませんか？</p>

<p>Ａ：結果は銀メダルだったけど、腹を立ててはいないよ。この銀メダルには、勝つことはできなかったけど一位だったっていう意味があると思うんだ。ルールのせいで銀メダルに終わってしまったけど、実際には金メダルを分け合ったって、僕は考えている。前回の悲惨な全米選手権から立ち直って、素晴らしい演技が出来たことに満足しているよ。銀メダルだって聞いて5分ほど落胆したけど、僕はこの日の勝者はいなかったって思ってるんだ。一生懸命練習して、次は勝つよ。</p>

<p>Ｑ：Brian Joubertが彼のスケート靴を浴室においているって聞いたんだけど、あなたはどこにおいていますか？みんな浴室においているものなのか、それとも彼だけなのか気になっています．．．</p>

<p>Ａ：僕はクローゼットにしまってるけど、浴室もいいかなって思うよ。</p>

<p> from Alexana</p>

<p>Ａ：あなたがYunona I Avosを使うのは今回が初めてではないですよね。この曲のテーマと、何故あなたがこの曲を好きなのか教えて下さい。</p>

<p>Ａ：僕はこの曲の持つストーリーと背景が好きなんだ。Yunona I Avosは悲劇のラブストーリーで、このミュージカルを初めて観たとき心から感動したんだ。（スケートで使うには）まさにうってつけの曲なんだ。悲しいドラマティックなものが僕は好きだし、そんな僕にこの曲はぴったりなんだよ。</p>

<p> from Jung-Woo</p>

<p>Ｑ：私はYu-Na Kimが大好きです。彼女のことをどう思ってるか教えてもらえる？</p>

<p>Ａ：Yu-na は素晴らしいスケーターで、とても賢い女性だと思うよ。精神的にとても強くて、はっきりと自分の意見を言える女性だよね。彼女の実力ならきっと世界チャンピオンやオリンピックチャンピオンにだってなれると思う。実力があって、現実的だけどシャイな一面もある愛すべき女性だ。とってもかわいいと思うよ。</p>

<p> from Jane</p>

<p>Ｑ：あなたの好きなスケート選手を教えて下さい。</p>

<p>Ａ：僕はずっとOksana Baiul とIrina Slutskayaが好きだよ。</p>

<p> from Miki</p>

<p>Ｑ：最近雑誌であなたがセレブリティーと一緒に写ってる写真を見ました。エンジェルのみんなは個人的にあなたと会えたらいいのにって夢見てるはずよ。これまでにあなたがずっと憧れていた人に会ったことはありますか？</p>

<p>Ａ：Dima Bilanと会うまではがちがちに緊張してた。僕のロシア語はまだまだから、言葉を間違えたり、何かばかな事を言ってしまうんじゃないかってドキドキしてた。でも彼と一緒に写真を撮ってもらって、サインを貰った時、彼は僕のロシア語を褒めてくれて、僕のスケートがエレガントだって言ってくれたんだ。その上pancake spinに感動して自分でもやってみたって教えてくれたんだよ！会うのに緊張してしまうような人は僕の場合ほとんどいないけど、会った時の状況が悪いと緊張してしまうよね。Dimaを紹介してくれたのがZhenya Plushenkoだったからとても良い感じで会うことが出来たと思うよ。</p>

<p>Ｑ：あなたとEvan Lysacekを ＊Shawn Johnson とLiukinのライバル関係と比べてどう思いますか？あなたはNastia（Liukin ）と、そして Evan はShawnと似ていると感じますか？（＊ともにアメリカ女子オリンピック代表体操選手）</p>

<p>Ａ：絶対にそう思うよ！まだオリンピックが始まる前に、Nastia と僕とでそれぞれのライバル関係が本当によく似ているねって話して笑ってたんだ。僕とNastiaはロマンチストでエレガントなタイプで、EvanとShawnは堅実な優等生タイプなのに時に派手にやってくれるって感じかな。Nastiaがオリンピック体操女子の個人総合で優勝してとても嬉しいんだ！彼女は完璧だよ。</p>

<p> from Maria</p>

<p>Ｑ：あなたが前世で若いポーランドの女性だったって本当に信じていますか？</p>

<p>Ａ：それは、サイキックの人が僕に言ったことなんだけど、信じてるよ。これまでに何度もその話を裏付けるような経験をしたんだ。僕が戦争の事すら知らない時に、第二次世界大戦の様子やユダヤ教、それから（当時行われた）大虐殺について僕はすでに知っていた。これには何か理由ガあるはずだからね。</p>

<p> from Sandy</p>

<p>Ｑ：ステファン（Stephane Lambie）が来シーズンのコーチにぺトレンコ（Petrenko）を選んだ事についてどう思いますか？</p>

<p>Ａ：特に気にしていないよ。今ステファンは怪我の治療の為に何週間もスイスに行っているから彼に会うことはあまりないんだ。日本でのＣＯＩで彼に会えると思うよ。僕はもう彼の事が気になって仕方ないっていうような歳でもないからね。ステファンが何をしようと僕が影響されることはないんだよ。前にも言った事があるんだけど、自分が一番だって信じられないと戦うことなんて出来ないんだ。彼がいようといまいと僕は毎日戦わなきゃいけない。僕が、ステファンとぺトレンコが一緒にやっていくことに影響される事は少しもないんだよ。</p>

<p> </p>

<p> from Janice</p>

<p>Ｑ：いつも眠る前に何をする？</p>

<p>Ａ：シャワーをあびて、テレビや映画なんかを少しみてから、水を一杯とビタミン剤を飲んでるよ。それから明日も良いことがあればいいなって願いながら眠るんだ。つまんなくてゴメンネ！</p>

<p> from Lena</p>

<p>Q: Ｑ：あなたにとって一番の褒め言葉は何？</p>

<p>Ａ：みんなが辛いときに、僕の滑りやインタビューで元気付けられたって言われることかな。僕にはもったいないほどの褒め言葉だよ。<br />
</p>]]>
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>Weir wins SKATING Readers&apos; Choice Award</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://jwejp.net/words/2008/07/weir-wins-skating-readers-choi.html" />
    <id>tag:jwejp.net,2008:/words//3.167</id>

    <published>2008-07-27T05:06:44Z</published>
    <updated>2008-07-27T05:13:06Z</updated>

    <summary>続けてｉｃｅ　ｎｅｔ　ｗｏｒｋの記事です。 こちらも同じくてまりさんからいただい...</summary>
    <author>
        <name>あすか</name>
        
    </author>
    
        <category term="ニュース・記事" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://jwejp.net/words/">
        <![CDATA[<p>続けてｉｃｅ　ｎｅｔ　ｗｏｒｋの記事です。</p>

<p>こちらも同じくてまりさんからいただいております。<br />
2008年の読者が選ぶ賞に輝きました。</p>

<p>２０００年のマイケルワイス以降初めての男性スケーターになるそうです。<br />
昨シーズンの頑張りが認められたのは嬉しいですね。</p>

<p><br />
原文は<a href="http://web.icenetwork.com/news/article.jsp?ymd=20080724&content_id=49649&vkey=ice_pressrelease">こちら</a><br />
</p>]]>
        <![CDATA[<p>ウィアー、スケーティングマガジン読者が選ぶ賞受賞</p>

<p>07/24/2008) </p>

<p>全米フィギュアスケート連盟とスケーティングマガジンは２００８年の世界選手権銅メダリストのジョニーウィアーが２００８年読者が選ぶ今年のスケーター賞/ミッシェルクワン杯を受賞したことを発表した。ウィアーは２０００年のマイケルワイス以降、初めての男子選手である。</p>

<p>８４００通の投票がＵＳＦＳのウェブサイトに寄せられ、ウィアーは１１５６票を獲得した。</p>

<p>「家族や友人、ファンの皆さん、そして、僕に投票してくれた世界中の方たちに感謝します。世界中のどのスケーターよりも一番すばらしいファンがいてくださることを確信して安心しました」</p>

<p>昨年の勝者であるマイアミ大学シンクロナイズドスケーティングチームが２位になり、現在２連覇中の全米男子チャンピオン、エバンライサチェックが３位に入った。</p>

<p>ウィアーの２００７－０８シーズンは、今までで最高の結果を出した。カップオブチャイナとカップオブロシアの両方で金メダルを持ち帰り、グランプリファイナルでは４位になった。一月のミネソタ州セントポールでの全米選手権での銀メダルに続いて、２００８年世界フィギュアスケート選手権では銅メダルを手にした。これは彼が手にした最初のワールドのメダルである。</p>

<p>ウィアーはガリーナズミフスカヤ、ビクターペトレンコ、ニーナペトレンコのコーチを受けていて、彼らみんなに対しても、すぐに感謝の言葉を述べた。</p>

<p>「今シーズンのすばらしい結果に僕を導いてくれたことについて、コーチのみんなに感謝を伝えたいです。それから、（以前のコーチ）プリシラヒルにも、僕をこのような賞に選ばれるところまで導いてくれたことや、僕のスケート生活や進歩を支え続けてくれたことについて、感謝を伝えたいと思います</p>

<p>この賞の正式な名称は「読者が選ぶ今年のスケーター/ミッシェルクワントロフィー」である。トロフィーはオハイオ州クリーブランドで行われる２００９年全米フィギュアスケート選手権大会でウィアーに手渡されることになっている。T</p>

<p>毎年、スケーティングマガジンの読者は、そのシーズンの成績を元に、この賞にもっともふさわしいと思うトップスケーターに投票することを呼びかけられる。ミッシェルクワントロフィーはペンシルバニア州のガラス彫刻家がデザインした一種のカラスの彫像で、フィギュアスケートとスケーティングマガジンの両方から贈られる。</p>

<p>読者が選ぶ賞はＵＳＦＳの正式広報誌であるスケーティングマガジンから毎年与えられている。投票はwww.usfigureskating.orgで公募された。</p>]]>
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>Lambiel and Weir: Perfect together?</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://jwejp.net/words/2008/07/lambiel-and-weir-perfect-toget.html" />
    <id>tag:jwejp.net,2008:/words//3.166</id>

    <published>2008-07-27T04:59:01Z</published>
    <updated>2008-07-27T05:06:20Z</updated>

    <summary>ice net work 　の記事の訳です。 甘えてばかりで申し訳ないのですが ...</summary>
    <author>
        <name>あすか</name>
        
    </author>
    
        <category term="ニュース・記事" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://jwejp.net/words/">
        <![CDATA[<p>ice net work 　の記事の訳です。</p>

<p>甘えてばかりで申し訳ないのですが<br />
お友達のてまりさんが訳してくださいましたのを頂きました。</p>

<p>ジョニーとランビエール。コーチ。<br />
とても興味深い記事です。<br />
こちらではジョニーのＳＰとＦＳの曲とランビエールの振付師についても触れられています。<br />
是非読んでみてください。</p>

<p>原文は<a href="http://web.icenetwork.com/news/article.jsp?ymd=20080721&content_id=49617&vkey=ice_news">こちら</a><br />
</p>]]>
        <![CDATA[<p>ランビエールとウィアー：完全にうまくいっているの？</p>

<p><br />
ライバルであり友人である二人はニュージャージーウェインで新しいプログラムを準備する</p>

<p>By Lynn Rutherford, special to icenetwork.com<br />
(07/21/2008) </p>

<p><br />
７月半ば、午後の練習でステファンランビエールとジョニーウィアーはすばやく彼らの強さを見せた。</p>

<p>一人が二つのクワドトーループを立て続けに行うと、もう一人は高くて流れるようなトリプルアクセルートリプルトーのコンビネーションを行った。ランビエールが名高いレイバックスクラッチスピンを見せればウィアーはイナバウアーで氷を横切って見せる。</p>

<p>「これはアイスダンスではないの。アイスダンスは裏の事情が関係するけど」と、スケーターたちのコーチであるガリーナズミエフスカヤは言う。「二人がここに（練習で）いることには何のトラブルも無いわ。 男子スケートはスポーツよ。ジャンプが成功したら、すばらしいわ。転倒したら、来年を考えるのよ」</p>

<p>２３歳のランビエールは、長年のコーチ、ピーターグリュッターと母国のスイスを離れ、ズミーフスカヤと義理の息子である１９９２年のオリンピックチャンピオン、ピーターペトレンコの指導を受けるために、ニュージャージー州ウェインのアイスボールトに６月の後半に到着した。２４歳のウィアーはすでにそこに住んでいた。ズミーフスカヤとペトレンコは今年の初め、ＩＳＵ世界フィギュアスケート選手権での銅メダルに彼を導いている。</p>

<p>「ジュネーブでの練習状態はもうどうにもならなかった。リンクは人が多すぎるし、時間も十分に取れなかったんだ」　世界チャンピオンに２度なっているランビエールはそう言った。"</p>

<p>「ビクターと一緒に日本のショーに出たときや、アメリカでチャンピオンオンアイスに出演したとき、とても充実していた。そのときに、この関係ができたんだ。彼らにここに来て一緒に練習することが出来るかどうか尋ねたよ」</p>

<p>今では、スイスのスターはペトレンコとその妻である振付師のニーナと一緒にいる。</p>

<p>「僕はニーナとペトレンコの家にいて、とてもその状態が好きだ。すべてがうまくいっているよ。アイスリンクからは２０分もかからないので、行き帰りにあまり時間を使わなくてすむんだ」</p>

<p>「アイスリンクの近くに住まいを見つけたいと思っている。たぶんこことニューヨークの間にね。そうしたら週末にはシティにいけるだろう」 </p>

<p>古くからのこのスポーツのエチケットとして、ズミーフスカヤは彼女のトップの生徒であるウィアーにランビエールが仲間になるとしたら気にするかどうかをたずねた。ウィアーは同意した。</p>

<p>「確かに新しいことだよ。でも、（夏に）タチアナタラソワと練習をしたとき、僕は他のトップレベルのスケーターたちと一緒だった」そう、ウィアーは言った。</p>

<p>「こっちのほうは毎日のことだから、もっと大変かな。僕たちは二人とも慣れていかなくてはいけないけれど、彼がここにいることにも、毎日競う相手がいることにも嬉しいよ。それに、友達の誰かで、僕が実際に好きな人間が毎日一緒にスケートをしてくれるってことにもね」</p>

<p>「僕にとっても同様だよ」ランビエールが付け加えた。「（ジュネーブでは）僕は、たった一人のトップレベルのスケーターとして，氷上でずっと一人で練習していた。だからジョニーがここにいてくれるのは素敵なことだよ」</p>

<p>もし、二人の世界選手権やオリンピックのメダル候補者が感情的にうまくいかなくなったらどうするかと尋ねると、ズミーフスカヤは一笑に付した。</p>

<p>「二人コーチがいるのよ。私と、ビクターと。あるときは私がジョニーに集中し、ビクターが（ステファンと）練習するわ。翌日は、交代するの。スケーターにとってどんな問題があるというの？そんなことにエネルギーを使っていてはいけないわ。自分のプログラムにエネルギーを使わなくちゃ」 </p>

<p>「ロシアのやり方では誰も一人では滑らないわ。いつもグループなの。試合がいつでもあってお互いに刺激しあうのよ。この二人については、二人とも大人で、スケーターとしてとてもいいレベルにいるわ」</p>

<p>ウィアーの以前のコーチ、プリシラヒルは、１０年間彼を指導してきたが、新しい状況は彼にとって利益があるといった。</p>

<p>「彼らは二人とも、同じようにそのリンクでのただ一人のビッグスケーターとして成長してきたわ」以前の生徒とまだいい関係を保っているヒルはそう話した。「彼らがどうやってこの状況に馴染んでいくのかを見るのは興味のあるところね。うまくいくかもしれない。どうやってそれを利用するかにかかっているわ。スケート人生の終わりに、二人とも最大限の力を出し切れるようになるかもしれないし、壊れてしまうかもしれない」</p>

<p>ランビエールは不安定なトリプルアクセルを補強するやり方を探している。過去には大事な試合で成功させているが、今年は失敗し、ワールドでは５位に落ちてしまった。 </p>

<p>現在の国際スケート連盟（ＩＳＵ）はＧＯＥ＋３の成功例としてペトレンコのトリプルアクセルを使って審判の指導ビデオを作っている。もう一人のズミーフスカヤの生徒で、前ウクライナチャンピオンであるヴィアチェスラフザゴロドニュクもまた、すばらしいトリプルアクセルを持っていた。</p>

<p>「もちろん僕はビクターとガリーナが最高の技術を持っていることを知っていたし、だからここに来て自分の弱点を直してよりうまくなろうとしているんだ。よりうまくなる、それがここに僕がいる理由だよ」</p>

<p>ウィアーもまた、他の点で、強い印象を与える技術の不足という問題を抱えている。彼は、今まで試合でクリーンなクワドを跳んだことが無い。 今年のワールドではジャンプに挑戦したが、テクニカルパネルはダウングレードにした。</p>

<p>「この夏の後半は、絶対にクワドの練習をするつもりだ。僕のプログラムが終わったら、気持ちを切り替えて、みんなと町へ行くことにするよ。もちろんシーズンを通して僕のロングプログラムに入れなくちゃダメなんだ。だって去年はそれで終わってしまったからね」</p>

<p>今の課題は、新しいプログラムを完璧にすることだ。ランビエールは、サロメブルナーとずっと組んでいたが、ズミーフスカヤ、ビクター、ニーナに振付師を変えた。</p>

<p>彼の新しいショートはジャズピアノ版のガーシュインの「サマータイム」で、フリーはアストルピアソラのタンゴだ。</p>

<p>「やっと（振り付けを）全部まとめたところなんだ」とｋランビエールは言った。 </p>

<p>「それが、まさにここでのやり方なんだ」と、ウィアーが口を挟んだ。「去年もオフィシャルな振付師はいたけれど、プログラムを作っていく間にやりやすいように変えていった。チームすべてが一緒に取り組んで、ニーナが最後の仕上げをするんだ。ビクターはいろんなところでジャンプが出来るかどうか確認し、ガリーナがすべてを取りまとめるんだよ」</p>

<p>ズミーフスカヤは特にウィアーの新しいフリースケートに熱狂している。フランス系カナダ人の音楽で、「ノートルダムドパリ」に振付けられたものだ。</p>

<p>「実は、面白い話なんだ」と、ウィアーは言う。「普段は、僕は、朝は目覚ましにクラシックか、すごくソフトな音楽をかけるんだ。それである日、ノートルダムドパリをかけたら（ガリーナが）飛びついてきたんだ。僕はこの曲が、実際、彼女を平和な気分にさせて、リラックスさせられるようないいものだってことを見つけたよ。今年のナショナルのときは彼女はホテルの部屋に座って、この音楽をかけていた。</p>

<p>「たぶんこれは僕たちにとって特別なプログラムになるに違いないよ。僕はカジモドとエスメラルダを混ぜ合わせてすべるつもりだよ」</p>

<p>ウィアーのショートはフランス人の作曲家で指揮者でもあるサンプルーの「オンザウィングオブタイム」になった。</p>

<p>「まだ完成していないんだ。でも、きっといいものになるよ」そう、ウィアーは言った。</p>]]>
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>公式ページ　ジャーナル　７月５日付　</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://jwejp.net/words/2008/07/post-12.html" />
    <id>tag:jwejp.net,2008:/words//3.162</id>

    <published>2008-07-08T13:10:58Z</published>
    <updated>2008-07-08T13:26:38Z</updated>

    <summary>公式ページのジャーナル　７月５日付　の訳です。 またまた　てまりさんの訳をご好意...</summary>
    <author>
        <name>あすか</name>
        
    </author>
    
        <category term="ジャーナル" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://jwejp.net/words/">
        <![CDATA[<p>公式ページのジャーナル　７月５日付　の訳です。</p>

<p>またまた　てまりさんの訳をご好意で頂きました。<br />
メンバーが多忙で翻訳が難しかったので本当に助かりました。<br />
ありがとうございます。</p>

<p>ショーのことや韓国でのことＤＯＩのことバケーションのこと<br />
そして新しいＰＧの振付とステファンのことにも触れられていています。<br />
ながーーい、読み応えのある内容になっています（＾＾）</p>

<p>原文は<a href="http://www.figureskatersonline.com/johnnyweir/journal.html">こちら</a></p>]]>
        <![CDATA[<p>ジャーナル　7月5日<br />
タイトル　：プレッツェルみたいに日焼けしている</p>

<p><br />
やあ、みんな</p>

<p>今ケイマン諸島からこれを書いているんだ。それがタイトルの説明になるといいんだけど。少しリラックスしてバケーションを楽しまなくちゃiけないってわかっているんだけど、リラックスするってことにかけてはまったく下手だから、少なくてもこれを書くことで一時間は何かすることができたよ。（タイプをするのに時間がかかるんだ）</p>

<p>前のエントリーからだいぶ時間がたってしまったけど、僕がものすごく忙しかったってことを喜んで報告するよ。昨シーズンの好成績でいろんな素敵なショーにこの春から夏にかけて招かれたんだ。最初のまとまったショーはヨーロッパで、スロバキアのブラティスラバ、コーシス、チェコのプラハであった。このショーはゼンヤプルシェンコのツアーで、出演できるってわかったときはとても興奮したよ。スロバキアでもチェコでも前に行ってからだいぶ時間がたっているので、大人になってそこに戻るって事にとてもわくわくしたんだ。3つのショーはどれも完売だった。本当に見事なショーだったよ。スケーターはみんなそれぞれ一人でも十分なスーパースターでどの夜もとてもいいスケートをした。時々しか会えない友人たちとも旧交を温めたよ。イラスルツカヤとは特にね。彼女の息子アルテムの成長もちゃんと見た。</p>

<p>3番目のプラハでのショーでは、大好きなミュージシャンの一人、ディマビランと会って一緒に写真を撮った。今まで本当に有名な人とは会ったことがなかったから、ものすごくあがってしまったけれど、彼がとてもいいやつだとわかったときにはとてもうれしかったよ。ゼンヤとエドヴィンとのプロジェクトがユーロビジョンに出たこともうれしかった。こうしたショーに出演できたことは、本当に骨の折れることだったけれどすばらしい時間だった。そしてまたこの先いつかゼンヤと滑れることを願っているよ。</p>

<p>東欧でのショーの後、少し静養してから、ニナペトレンコと新しいショーのプログラムを作った。二人で「フィーリンググッド」という、ニナシモーンの曲に決めたんだ。これは僕のクラシックでは無い面とお尻を振る能力を生かすプログラムだよ。これはとても楽しいプロセスで、このナンバーのお目見えをデラウェア州ウィルミントンの小さなショーでやったんだ。ウィルミントンクラブは僕をウィルミントンスケートクラブの生涯名誉会員にすることで僕をたたえてくれた。とても感動したよ。</p>

<p>振り付けに話を戻すと、ニナと僕は一緒に仲良く取り組んですごく楽しんだので、みんなで（ビクターやガリーナも含めて）今シーズンの競技用のプログラムも彼女が作ることに決めたんだ。ダンス界からも人を呼んで、アドバイスをもらうつもりだけれど、でも完璧にあっていると思うんだ。すごくスマートでもあるよ。僕らはみんなこの製作過程に参加できているし、何がうまくいって何がうまくいかないか、しっかりとわかっているからね。</p>

<p>音楽はもうすでに選んであって、どちらのプログラムももう概要は出来ている。今シーズンの僕の音楽の選択はフランス的なものがテーマと決まっている。ショーとプログラムはセイントプリュークスによるものだということは発表されているけれど、曲のタイトルもロングプログラムの情報とともに、この夏の終わりにはwww.weir.ruで発表することにしたよ。どちらの選択もとても喜んでいるし、みんなが楽しんでくれることを願っている。</p>

<p>5月中旬に、キムヨナのマネージメント会社のＩＢスポーツが主催するアイスショーに出演をするためにソウルに行く機会があった。7年間も韓国に行ったことはなかったので、戻れることにとても興奮していた。ファンや、韓国での名所ツアーで完璧に圧倒されたね。すべてがとても行き届いていて、整理されていた。空港やホテル、それから一番大事なアイスリンクにファンが居た。僕は新しいショーナンバーを演じて、どのショーでもとてもうまく滑ったよ。ファンはすごかった。このプログラムのセクシーにお尻を振って滑ることは僕はあまり得意じゃないんだけど、ファンがとても熱心なので、簡単に自然にそれが出来たんだ。韓国でスケートをするのはとてもいい感じだった。今まで一緒に過ごしたことがまったく無かったほかのスケーターやコーチとも会うことが出来た。たとえばテッサバーテュー、デヴィッドウィルソン、そしてもちろん、ユナといった人たちだ。キャストも本当に素敵で、僕はこのキャストと一緒にまさにこのショーを永遠にやることができるほどだよ。</p>

<p>みんな仲良くなり、そして、さよならを言い合った。実際僕はさよならをいうことが出来なくて、チケットを変更し、もう一日伸ばしてショッピングをしたりぶらついたりしたんだよ。</p>

<p>韓国から帰ってガリーナと僕はジャンプとオフアイストレーニングに一生懸命励んだ。ファティマブルーンズともエクササイズをして、ピラティスとベイシックなコンディショニングの新しいプログラムを開発したよ。ほとんどすぐに氷の上で結果が見られた。ジャンプを高く、しっかりと飛べるようになり、もっと多くの要素を出来るようになった。それと、シーズン中にやっていた、おなかがすいてたまらないようなダイエットもしないことにして、この夏は実に健康的に食べようと思っている。もちろん、重く感じるけれど、長くは続かないだろう。ダイエットをするにも休暇は必要だよ。今の一番の喜びはあらゆる食べ物を買い込むことなんだ。</p>

<p><br />
6月の初めにはコロラドスプリングスでのトップアメリカ選手のサミットみたいなことをするためにチャンプキャンプにいった。とても意味のある旅行だった。そこでグランプリのアサインメントをその場で見ることができたからだ。僕は、スケートアメリカと、日本のＮＨＫ杯に選ばれた。初めてのスケートアメリカへの出場に興奮しているし、もちろん、日本に戻るのもいつもうれしいことだよ。もちろん、カップオブロシアに行けないことはさびしいよ。今や、ママと僕にとって、サンクスギビングデーをロシアで過ごすことは家族の伝統のようなものになっていたからね。基本的には、それぞれの種目のトップスリーのスケーターがどの試合に出場するかを選ぶんだ。僕たちはそれぞれ別の試合に出場しなければいけないと決められている。6つの試合のうちのそれぞれ二つずつだ。オーバーラップしてはいけないんだ。僕は3番目に選ぶことになって、だから，ジェフリーバトルトブライアンジュベールが選ばなかった試合を選ぶことになった。来年には、またロシアにいくつもりでいるよ、特にたぶん僕のグランプリシリーズの最後のシーズンになると思うからね。でも、今年の試合の選択には喜んでいるし、母国で試合に出て戦えることにはわくわくしているよ。</p>

<p><br />
ステファンが僕と同じ仲間に入って練習することになったことが公表されたので、たくさんの心配や応援の手紙をもらった。このことについては、多くの皆さんが知っているよりもう少し個人的な考えを発表したいと思っているんだ。僕はステファンを、僕が13歳、彼が12歳のときから知っていて、そのとき僕らは二人ともスロベニアの小さな町でのノービスの試合に出場していた。二人とも階段を上り続けて、いろんなジュニアの試合、ジュニアグランプリや、ジュニアワールド、そしてついにはシニアのワールドやオリンピック、グランプリシリーズなどの試合に一緒に出場してきた。ステファンが競技生活で成し遂げてきたことには感嘆の思いしかない。彼はいい練習仲間だと思う。多くのほかのエリート男子スケーターたちと一緒に自分が練習をすることは考えられないけれど、でも、ステファンと僕には長い歴史がある。そしていまや僕らは試合ではベテランになりつつあるんだ。このことで何一つ悪いことがあるとは思えない。僕はコーチが今までと同じように僕と練習を続けてくれることを信じている。僕はこの年で、大人の分別もある。僕はステファンが日常することは何一つ僕の最終的な目標や意欲に変化を与えることはないとわかっているんだ。たとえ一番のライバルの一人がそばに居てみていようといまいと、僕は一生懸命練習し、最善を尽くす。去年のコーチの変更がどれほど僕のために役に立ったか、わかっている。そして、トップアスリートにそのことが認められたことを知ってとても喜んでいる。だから、僕はこの選択がステファンにもうまくいくように願っているよ。彼は立派な人間で、すばらしいアスリートだ。そして、僕は彼と一緒に練習することで役に立つことを引き出すことが出来るに違いないと思っている。</p>

<p>6月の終わりには、横浜に行って、ドリームズオンアイスに出演した。日本に行って、日本のファンの前で滑るときにはいつもとても興奮するんだ。最初の二つのショーでは、新しいナンバーをすべり、次の二つではアヴェマリアに変えた。「すべてのショーでベストで滑るというわけには行かない。一回目のショーと4回目のショーは断然ベストだった。テレビで放送したものはまさに一番ひどいものだった。だから、それを見た人には申し訳ないと思う。もうyoutubeにも出ているとしたらそれを見た人にもすまない。観客はいつものとおり、本当に素敵だった。ファンの皆さんは（いつものように；））たくさんのプレゼントをくれた。ショーに来てくれた日本のファンの皆さんすべてにお礼をいいたいし、また9月のチャンピオンオンアイスでお会いしたいと思っている。</p>

<p>日本から戻ったその日に、長いことのびのびになっていたバケーションと誕生日と独立記念日を祝うために、ケイマン諸島に発った。弟が一緒に来て、太陽と砂を楽しんでくれてとてもうれしかった。僕の弟は僕と同様海を恐れているから、泳ぐというのはあまりいい考えとは思えなかった。最初の日に、僕はもう24歳になるし、年をとっているのだから、鮫が僕に攻撃を仕掛けてくるなら、そうさせてやろうと決意した。僕は弟と一緒に泳いで最高にうまくいった。自信満々だったので、その翌日（僕の誕生日）には、腕を振り回しながら海に走っていったんだけど6インチの長さの魚を見つけただけで波間から叫びながら走って逃げ出したよ。その日の残りはホテルの小屋に居て日焼けに専念した。幸せな気分だった。弟はそのリゾートのすばらしいレストランからきれいな夕食を持ってきてくれた。だから僕は彼と自分に年を重ねていくことを祝って、ラプレイリーシルバーレインスパのマッサージをおごった。僕の人生のすばらしいひと時だったよ。</p>

<p>ケイマン諸島から帰ったら、いつものようにガリーナヤコブレブナを片方のポケットに、もう一方にはビクターとニナを入れて練習に戻ることになる。アイダホ州サンバレーとバージニア州のハンプトンロードでも少しショーに出る。北京での2008年オリンピックをテレビで見るのも楽しみにしているんだ。</p>

<p>テレビで全米体操トライアルを見て、ナスティアリューキンに感銘を受けた。僕は体操競技では彼女が出来る限りたくさんの金メダルを獲得するよう応援するよ。僕は狂ったストーカーのように彼女のファンになった。そして、彼女に連絡を取り、それ以来良くおしゃべりをしている。彼女はとてもかわいい少女で、いつも最上のものが彼女に来るように願っているよ。（君たちもそうしてくれたまえ）</p>

<p>今のところ、僕のニュースはこれですべてだ。いつものように、もし誰かを攻撃したりしたら、申し訳ない。どうか良い方に受け取ってほしい。みんながこの夏ずっと涼しく過ごせるように、そして、できる限り楽しんでくれるように願っているよ。</p>

<p>いつも愛しています。</p>

<p>ジョニー<br />
</p>]]>
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>IFS　Johnny Weir: Act Two</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://jwejp.net/words/2008/06/ifsjohnny-weir-act-two.html" />
    <id>tag:jwejp.net,2008:/words//3.155</id>

    <published>2008-06-14T12:23:14Z</published>
    <updated>2008-06-15T13:47:37Z</updated>

    <summary>IFS最新刊の記事の訳です。 てまりさんからのご好意で訳したものを頂きました。 ...</summary>
    <author>
        <name>あすか</name>
        
    </author>
    
        <category term="ニュース・記事" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://jwejp.net/words/">
        <![CDATA[<p>IFS最新刊の記事の訳です。<br />
てまりさんからのご好意で訳したものを頂きました。<br />
長い記事の訳をありがとうございます。<br />
写真もとても素敵です。<br />
是非楽しんでください。</p>

<p>原文は<a href="http://www.ifsmagazine.com/archive/2008/AUGUST/INDEX.PHP">こちら</a></p>]]>
        <![CDATA[<p>人生で初めて、ジョニーは打ちひしがれていて、フィギュアスケート人生の選択肢が唯一つ　－スケートをやめるということになってしまうのではないかと恐れを抱いた。年齢的には遅れてスケート界に入ってきたこの才能あるアスリートにとっても、どん底というのは未知の領域ではないというように思えた。彼には、すぐにでも論議を巻き起こすようなことを言う力があり、スケート靴ですべるようにすばやく、辛らつな言葉を言い、祝福の言葉と悪態を交互についた。</p>

<p>普段はすぐに立ち直ることのできるスターは、３度全米チャンピオンになり、２００１年のワールドジュニアチャンピオンでもあるが、すべてを経験し、あらゆることを耐え抜き、ここ数年間は敗戦して打ちのめされても、今までどおり、いつも立ち直ってきた。</p>

<p>２００３年の全米選手権がそうだった。ウィアーが怪我をしてフリースケートの途中で棄権した時には、批判的な詮索や将来の失敗を予告する興奮した意見などが奔流のようにあふれ出した。</p>

<p>それから２００６年の冬季オリンピックも、そうだった。そのときウィアーは、試合では最高の２位という成績でロングプログラムに入っていった。前にいるのはロシアのスーパースター、エフゲニープルシェンコだけであった。ウィアーは少しもたついて、それでも最終的には、立派な５位という成績を残したが、アメリカのメディアはもっと大きな期待を抱いていたので、通信社のニュース速報でウィアーにかなり手痛い発言をぶつけることになった。<br />
スケーターの受信箱には何千ものメールが続々と入った。応援してくれる温かい言葉もあれば、憎しみをぶつけるような厳しい手紙もあった。中でも一番不安にさせたのは殺してやるというような脅しであった。</p>

<p><br />
苦い敗北</p>

<p>そのとき２１歳だったウィアーは何とか再び再構築をして、立ち直った。オリンピックのわずか数週間後、彼はカルガリーで２００６年世界選手権に出場しなければならなかった。そこでは雪辱を果たす演技をしたいと願っていた。結果は７位だったが、めげないウィアーは持ち前の皮肉に満ちたユーモアと楽観主義で２００６－０７シーズンを迎えようとしていた。</p>

<p>彼は長い間ずっと彼のそばにいたコーチのプリシラヒルとともにシーズンに入ろうとしていた。ヒルはウィアーを２００４年から２００６年の全米選手権のタイトルに導いた人だ。ところが、２００７年の全米選手権では彼の経歴で最悪の衝撃を受けた。３位という成績に下がり、ライバルで新チャンピオンとなったエバンライサチェックに３０点以上も引き離されてしまったのだ。</p>

<p>「あれは最悪だったな」　そうウィアーは語った。「今までの３回の試合のような演技はできないとわかってきたんだ。調子が悪かった。準備もできていなかったし、僕とエバンの間に大きなライバル関係が作り上げられていた。演技をするのに大変なプレッシャーがあったんだ。それに、僕はメディアや、連盟からさえ、ほかのスケーターとはまったく別扱いにされていた」</p>

<p>ウィアーはすぐに自分のコントロールを失った。「僕はとても不安定な状態だった。まるで準備をしようとしているのに、すべてのことが手の届かないところにいってしまったみたいな感じだったんだ」</p>

<p>ウィアーに問題をはっきりさせる時が訪れたのは、２００７年の世界選手権の練習から帰るために車を運転している最中のことだった。彼は自分がどん底にいるということを自覚したのだ。ウィアーはそのときのことを思い出して次のように語った。「僕は自分に言ったんだ。『どちらか決めよう』深く掘り下げて、自分がスケートに何を望んでいるのかを決めるか・・・そうでなければやめるか」</p>

<p>そのときにはウィアーは、彼が第２の母と呼んでいるヒルが、彼の力を信じるのをやめたと感じていた。「もし彼女がやり直せると思っていたとしても、僕はそういう印象を持てなかったんだ。彼女の支えでは足りないと感じたんだ」　ウィアーはそう話した。</p>

<p>二人が日本についたとき、二人の緊張関係は高まった。「そのときには、僕はコーチを替えなくちゃいけないとわかっていた。僕たちはフリースケートをすべるためにリンクに入っていく前に１０分間も口論をしたんだよ」　ウィアーは８位に終わり、それは４回のワールドへの出場の中で最悪の順位だった。</p>

<p><br />
新しい視野</p>

<p>スケート選手としてのすべてのキャリアをヒルの指導の下で過ごしてきたが、ウィアーは転換をはかり、彼を信頼してくれる、そしてもっと重要なことは、彼が再び自分を信じることができるようにしてくれるコーチを見つけなくてはいけない時期が来たのだと決断した。</p>

<p>「ガリーナズミーフスカヤは、ぜんぜん僕のリストのトップにはいなかった。最後に彼女が一緒に組んだアメリカ人のスケーターはスコットデイビスで、そのときは彼のキャリアの最後のほうだったから。彼女からはオクサナ（バイウル）とヴィクター（ペトレンコ）を超えるようなトップスケーターを育てた経歴は見つからなかった」</p>

<p>しかし、ウィアーはバイウルとペトレンコと一緒に残したズミーフスカヤの成果が一流のものであることを見逃していた。バイウルの１９９４年のオリンピックでの金メダルの演技は世界中の観客の心を鷲掴みにして、国際的な名声をもたらしたし、ペトレンコの１９９２年のオリンピック金メダルは、オリンピックでの前ソビエト、現ロシアの男子チャンピオンの連覇の道を開き、それは２００６年のトリノでの冬季オリンピックまでずっと続いた。</p>

<p>伝説的なコーチ、タチアナタラソワがウィアーの最初の選択だった。ウィアーはロシアに関する知識と愛着で知られていて、夏の間わずかながら彼女と練習をしたことがあった。「アメリカ人が一人でふるさとから遠く離れてモスクワに住むことが、どれくらいお金がかかり、大変なのか調べてみたときに、絶対に孤独になるってわかったんだ。アメリカで練習しなくちゃいけないとわかったよ。でも、別のアメリカ人コーチは考えられなかった。だって僕は最高のコーチを知っていたからね。プリシラヒルだよ」</p>

<p>グランプリシリーズで８つのメダルを手にしている彼の短いリストの次にあったのはニュージャージー州ハッケンザックに拠点を置くコーチ兼振付師のニコライモロゾフだった。以前はタラソワのアシスタントだったモロゾフのダンスリストはすでにいっぱいだった。「ニコライ（モロゾフ）には、高橋大輔や安藤美姫がいて、そのほかにものすごい数のほかのスケーターやダンスチームのプログラムの振り付けをしていた。僕にはもっと僕一人だけの特別扱いが必要だってことがわかっていたんだ」</p>

<p>ある春の日の午後、ニュージャージー州ウェインのアイスボウルトでウィアーと母のパティは厳しいウクライナ人のズミーフスカヤと会う約束になっていた。「その日はそもそも始まりからうまくいかなかった。すごい豪雨でニュージャージー州では降っている最中は洪水みたいになってたんだ。だから２時間半も遅れて到着したので、まったく最初から躓いちゃった感じだったよ」</p>

<p>「ジョニーの最初の印象はとても才能のある男の子だということだったわ、でも同時にとても不安定だったの」　そのときのことをズミーフスカヤは回想した。「大変に礼儀正しくて、私の目を見て言ったのよ。一生懸命練習して勝ちたいってね。私は彼に一生懸命練習するって言ったことを絶対に忘れないように言ったわ。だって、みんなそういうけれど、実行する子は少ないんですもの」</p>

<p>ズミーフスカヤと一緒にいたのは娘で振付師のニーナペトレンコと、以前の生徒で現在では娘婿でもあるヴィクターペトレンコだった。ＩＳＵのテクニカルスペシャリストとして、ヴィクターペトレンコは新ジャッジングシステムのもとで最高のポイントを得られるように独自にプログラムを分析し調整して基準に合わせることができた。</p>

<p>偶然にもペトレンコはウィアーが２００６年のオリンピックのプログラムを滑っている最中に公式なコーラーを勤めていた。</p>

<p>「ジョニーが１２歳までスケートを始めていなかったと知って驚いたよ」と、ヴィクターペトレンコは話した。「そんなに遅く始めたのに、世界のトップ選手になっているスケーターの話は聞いたことがなかったからね。彼に欠けているものは唯一つ。本当の練習だった。彼は自分ができると思っている以上の練習をするように指導してもらう必要があったんだよ」</p>

<p>ウクライナ人のトロイカ体制とジョニーとのトップ会談の結論をズミーフスカヤは率直に話した。「喜んでうけいれるわ。でも、ここには練習をしにくるのよ。私たちは子守じゃないんだから」</p>

<p>ウィアーは侮辱されたように感じた。「だからそこに行ったのに。永遠のコーチのような人を残して。それなのに、（ズミーフスカヤは）僕が子供であるかみたいに手厳しく言い聞かせたんだ。僕はよくわかってたけどね」、とジョニーは笑った。「このご婦人に言い返してはいけないってさ」</p>

<p><br />
ロシアのやり方</p>

<p>ウィアーがズミーフスカヤと最初の練習時間を取るまで、３ヶ月以上かかった。彼女の特別なスタイルの指導がどれほど厳しいものであるかはほんの数秒やってみただけですぐわかった。「氷の上に出たとたん、僕が１分遅れたと言われた。それから、貴重な氷を使う時間をストレッチをするために使ったといって怒られた。ものすごく厳しい初めてのデートだったよ」ウィアーはそういって微笑んだ。「それに、これからどういうことが待っているかってこともチラッと見えたね」</p>

<p>「選手をロシア式にコントロールするやり方に関して学ばなくちゃいけないってことがわかった。一人ですべることは許されなかった。バレエルームでストレッチをするときでさえね。一人でエクササイズをすることも許されなかった。ほとんどの時間、３人のチームが僕についていて、少なくとも一人は必ず一緒にいるってことに僕は慣れなくちゃいけなかった」</p>

<p>ウィアーが隠していた一つの驚くべき才能は、独学で得たロシア語会話の知識だった。「初めて座ってやった会議では、ガリーナがロシア語を話して、ニーナが翻訳をしてくれた。ガリーナは簡単な英語ならできたけれどね。　彼らが知らなかったのは、僕がロシア語をかなり話せるってことと何が話されているかわかってるってことだった」　そう、ウィアーは説明をした。</p>

<p>練習が始まると、言葉の見せかけはすぐにはがれ、２日もしないうちにズミーフスカヤはウィアーに矢継ぎ早のロシア語で指示を出すようになった。</p>

<p>ウィアーは練習が始まったときにはうぬぼれや自信を持っていた。ズミーフスカヤは彼を怒鳴り倒してそんな気楽な領域から抜け出させた。「すぐに彼女はジャンプに入るときの技術的な欠点を指摘したよ。一般的に言って、僕のジャンプはうまくいってたし、みんな賞賛してくれていた。ガリーナは僕を厳しく掘り下げ、直さなくてはいけない欠点をみんなリストアップしたから、僕はすごく心配になってしまった。彼女を喜ばせようとしたけれど、簡単には喜ばないように見えたね」</p>

<p>徐々に、ぎこちなくはあったが、前ソビエト連邦出身のコーチと、ペンシルバニア州コスタビルの男の子は自分たちのリズムを見つけるようになり、前進が始まった。</p>

<p>この練習プログラムが始まって６週間たって、ウィアーはズミーフスカヤが彼が最も恐れていた言葉を叫ぶのを聞いた。ランスルー。「いつもランスルーがいやだったんだ。重きを置いたことはなかった。彼女が『プログラムを全部やってみましょう』というのを聞いたときには気持ちが沈んだよ」</p>

<p>ウィアーはジャンプで３回転倒し、ステップシークエンスで躓いたときは氷に打ち付けられそうになった。「ひどいものだと思ったよ。でも、彼女のいうとおりにやったら、最後にガリーナが言ったんだ。『よくやったわ』ってね。その言葉でプレッシャーが取れて、何も完璧じゃなくてもいいんだってことがわかったんだ。僕に必要なのは唯、彼女のやり方が正しいやり方だって信じることだったんだ。だって、結局、彼女は二人もオリンピックのチャンピオンを育てたんだからね」</p>

<p>厳格な外見の下で、ズミーフスカヤはウィアーを賞賛していた。「ジョニーが特別なのは、自分のスタイルを持っていることよ。ほかの誰とも違うし、ほかの誰かの真似をしようともしないわ。それに、ジョニーはとても特別の才能を持っているからジョニーのまねをすることもすごく難しいのよ。彼に与えられるものが私にある限り、彼は望みうる最高のコーチを手に入れているわ」</p>

<p>厳しい愛情が手におえないようになったときには、振付師でプログラムのより良くする役割のニーナペトレンコが間に入ってくれる。「もしジョニーが苦しんでいて、でも母に直接言い出せないときには私に話せばいいの。私は自動車のバンパーのようなものよ」</p>

<p><br />
すべてをラインに乗せる</p>

<p>ニーナペトレンコはウィアーが今シーズンの最初のグランプリシリーズ、カップオブチャイナで氷上に上ったとき、後ろに控えていて、祈りをささげていた。その試合にはライサチェックもいた。「もうエバンには負けたくなかったけど、それより、新しいコーチと一緒にすばらしい演技を見せて注目を集めたかったんだ。僕の「Ｌｏｖｅ　ｉｓ　Ｗａｒ」の演技をしながらガリーナが動き回っているのをみることができた。彼女は僕と一緒にプログラムの中に入り込んでいたよ。キスアンドクライでは本当にうれしそうで、顔つきが輝いていたよ。</p>

<p>ズミーフスカヤのやり方はうまくいったように見えた。ウィアーが中国を出るとき、彼の手荷物の中には、金メダルがしまわれていた。</p>

<p>それに続く１０日間、ジョニーはモスクワで、グランプリシリーズのロシア大会のために練習をした。「そのときは、シーズンを通して最高の状態だったね。完全に準備が整っていたんだ」</p>

<p>彼の関心はコーチを含むものになっていった。「ガリーナは友人や同僚が一緒に僕らの仕事を見るので神経質になっていたよ。しばらくロシアでは選手をコーチしていなかったんだ」ウィアーはカップオブロシアで初めて優勝したアメリカのシングルスケーターとなった。</p>

<p>２００７年の終わりにはウィアーの蓄えはほとんど空になっていて、グランプリファイナルの出場では４位に終わってしまった。</p>

<p>１月にセントポールでの代表決定をかねた全米選手権があった。メダルを取れなければ、ウィアーはワールドチームに入れない。「ナショナルの前の何日かは朝起きると、左の肩甲骨の下に痛みが走ったんだ。首を回すことができなかった。くしゃみをするだけでも背中を誰かが切り裂いているように感じるほど痛かったんだ」</p>

<p>批判を恐れて、ウィアーはほんの少数の近しい人を除いてこの怪我を秘密にすることを決めたが、奇跡的にショートプログラムの「ユノナイアボス」が終わったときには１位になっていた。</p>

<p>その後に起きたことは、アメリカのフィギュアスケートの歴史に、点数がタイになった男子の試合という形で残ることになるだろう。「フリースケートは僕にとっては魔法のような感じだった」　そうウィアーはそのときのことを語った。「ガリーナは僕が感極まって、最後のステップシークエンスでは泣き出したのを見たそうだ。大声で叫んでいたんだって。『集中、集中―点を取るんだ』　でも、僕は文字通りスピンやステップのことさえ考えていなかったんだ。僕の頭の中を横切っていったのは、ふるさとのデラウエアにある、あの古いリンクだった。ニュージャージー州のね。ロシアのことも、中国のことも、すべてがそこにあった。プログラムが終わったときには涙があふれていて、観客が叫んでいたよ。そのとき思ったんだ。『僕は戻ってきたんだ！』ってね」</p>

<p>「混乱の中で、ジョニーは彼の名前とライバルであるライサチェックの名前の両方の横に１という数字が付いたのを、キスアンドクライからのテレビスクリーンで見た。１００分の１点まで、二人はまったく同じファイナルスコアだったのだ。</p>

<p>けれども、フリースケートの勝者だったので、ライサチェックが金メダルを家に持ち帰った。ウィアーは自分の演技もライサチェックの演技もまだ見ていない。「もしそれを見たら、どっちも負けってことになるだろうな。タチアナタラソワはロシアのテレビで全米選手権の解説をしていたんだけど、彼女は僕が勝ったと思ったといったんだよ。それで僕には十分だよ」</p>

<p>スウェーデンのイエテボリでの２００８年の世界選手権では、時差になれるために、ウィアーは練習をしようとモスクワに戻った。そのうち、彼はズミーフスカヤが彼の生活のすべてを厳しくコントロールしようとすることにいらだつようになった。そして、シーズンを通して、この期間だけは二人がぶつかり合ったことを思い出したと語った。</p>

<p>非の打ち所のないように見えたショートプログラムが終わって、いよいよフリースケートの時間になった。この４分間で、ウィアーがついに世界選手権のメダルを手にできるかどうかが決まるのだ。もしメダルを取れなければ、アメリカチームは１９９４年以来初めて、一つもメダルを持たずに帰国することになる。</p>

<p>３人の男子のメダリストたちが世界選手権の表彰台に立ったとき、アリーナに響き渡ったのはカナダの国家だった。新しく世界チャンピオンになったジェフリーバトルの傍らには、片側には銀メダリストとなったフランスのジュベール、反対側には銅メダルに輝くジョニーウィアーが立っていた。「僕を表彰台に乗せてくれて、もう一度自分を信じられるようにしてくれたのは、チーム全体のおかげだよ」　そうウィアーは話した。</p>

<p><br />
ヴィクターペトレンコは世界でもオリンピックでも表彰台の一番上に立っているが、２０１０年のバンクーバーオリンピックについてこう予言した。「ジョニーが最大限の力を出せば、彼は次のオリンピックチャンピオンになるだろう」</p>]]>
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>ジャーナル　４月２日付　Ｗｈａｔ　ａ　Ｙｅａｒ・・・</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://jwejp.net/words/2008/04/post-11.html" />
    <id>tag:jwejp.net,2008:/words//3.142</id>

    <published>2008-04-06T22:52:30Z</published>
    <updated>2008-04-08T09:44:48Z</updated>

    <summary>４月２日付のジャーナルの訳です。 とても前向きで明るい内容になっています。 こう...</summary>
    <author>
        <name>あすか</name>
        
    </author>
    
        <category term="ジャーナル" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://jwejp.net/words/">
        <![CDATA[<p>４月２日付のジャーナルの訳です。</p>

<p>とても前向きで明るい内容になっています。<br />
こういった記事でシーズンを締めくくれたというのはすごく嬉しいことだなと思います。<br />
ジャーナルによると今年も日本に来てくれるようです。</p>

<p><a href="http://www.figureskatersonline.com/johnnyweir/journal.html"></a></p>]]>
        <![CDATA[<p>journal<br />
Wednesday, April 2, 2008</p>

<p>Title: What a year...</p>

<p>いつも僕のウェブサイトを見てくれてありがとう。みんながアレルギーに苦しめられたりしないで、元気に春の訪れを楽しんでくれていたらいいな。前回サイトを更新してからは、ロシアでトレーニングをつんだり、'The Donald'氏とお会いしたり、家を探したりして過ごしていた。それから僕にとって五度目になる世界選手権があったね。</p>

<p>世界選手権の1週間半前に僕は、練習の為にニュージャージーを離れモスクワへ行ったんだ。（モスクワでは）普段中々会うことの出来ない友人に会えるし、世界選手権に向けて集中して練習できる。本当に嬉しかったよ。僕は、ＯｌｙｍｐｉｓｋｉｉでElena Anatolievna Tchaikovskaya、それから彼女の仲間と一緒に練習していたんだ。調子も良かったし、本当に気持ち良く素晴らしい練習が出来たよ。僕はロシアに来るといつも気持ちを高めて、奮起することが出来るんだ。</p>

<p>モスクワでは、ボリショイ劇場で"Le Corsaire."を見ることが出来た。Nikolay Tsiskaridze氏が僕を招待してくれたんだ！今回観て、Le Corsaire(海賊）が「白鳥の湖」を抜いて僕の一番のお気に入りになったよ。バレーが終わるとバックステージに行って、Nikolay氏と一緒に写真を撮ったんだよ。ボリショイ劇場のバックステージはとにかく凄かった。あのカーテンの後ろ側（ステージ）に実際立っているわけだからね。ボリショイのステージに立った事で僕は、世界選手権に向けて物凄いエネルギーを貰うことが出来たよ。その上、あの伝説のバレーダンサー、Nikolay氏が僕のことを応援してくれたんだ。モスクワを離れるのは辛かったけど、僕にはスウェーデンでやらなければならないことがあったからね。</p>

<p>ロシアにいる間はまるで泡に包まれているようなもので、（世界選手権やスケートに関する）どんなニュースも僕の耳に入ってこないんだ。だからスウェーデンニ到着したときには完璧に集中する事が出来たよ。特に目を見張るような事はなかったけど、日々の練習は無難にこなしていたかな。世界選手権に来れるって事はいつでも本当に素晴らしいことなんだ。そこでは全ての役者が揃っているわけだからね。みんな（嬉しいような帰ってしまいたいような）複雑な心境ではあるだろうけど、スケート選手はみんなある意味家族のような感じになっているから、世界選手権でみんなに会えるを楽しみにしているはずだよ。ショートプログラムでは今シーズンでもベストな演技が出来て二位につけた。ジャンプはちょっと浮き気味だったけど、演技にはとても満足していたし、フリープログラムに向け良い自信になったんだ。</p>

<p>フリープログラムでは死ぬほど緊張したよ。何故だか判らないんだけど、失敗してしまいそうで怖くて仕方がなかった。Galina Yakovlevnaは僕が緊張しているのを見て、演技と着地に集中するようにってアドバイスしてくれた。僕はその通り集中して、何とか上手くやったと思うよ。世界選手権での演技は今シーズン最悪な出来だったけど、がっかりしているわけではないんだ。4回転では両足で着氷してしまったし、ほとんど全てのジャンプはぶれてしまった。でもそれは僕が最後まで精一杯頑張った結果なんだ。先シーズンの僕ならきっと途中で諦めてしまっていたはずだ。僕は最終グループの二番目に滑ったから、僕がメダルを取れるかどうかは残りの選手の結果を待たなければならなかった。僕はmixed zoneで僕がメダルを取れたことを知ったんだ。とてもドキドキしたよ。何て言ったらいいのか判らないんだけど、シーズンをずっと戦い続けてきた肩の荷が下りたような、そんな気がした。僕は3位に入って、（世界選手権で）アメリカ人唯一のメダリストになれたことをとても誇りに思っているよ。</p>

<p>試合の翌日はお祭りのようだった。僕はエキシビジョンで"Ave Maria"を滑ったんだ。素晴らしい出来だったと思うよ。その日は日曜日の復活祭だったから"Ave Maria"を滑るには最高の日だったといえるね。アリーナはいつも満員で、スウェーデンの人達はまるで自国の選手のように全てのスケーターを応援してくれていた。僕はこの素晴らしい観客のことを決して忘れる事はないよ。アメリカやスウェーデンの他にロシアや日本からも僕を応援しにきてくれていたんだ。僕のためのバナーをいろいろなところで見つけて、とても感動したよ。僕はアメリカだけでなく、本当に色々な国のファンの人たちに応援してもらって、そして支えられていることに心から感謝しているんだ。世界中ほとんどの国の人たちにね！</p>

<p>選手としてだけでなく観客の一人としても世界選手権は本当に面白かった。僕はそのほとんどをホテルのテレビで観たんだけど、どれも本当に素晴らしかった。女子は本当に厳しい戦いになったけど、浅田真央選手が新チャンピオンになってとても嬉しいよ。ペアはドラマにあふれていたね。フランスのペアが世界チャンピオンになるなんて素晴らしいことだよ。男子シングルも少しだけ観たんだけど、Sergey Voronov選手の演技にはとても感激したんだ。それにBrian Joubertも Jeffrey Buttleも本当に素晴らしかったから、あの二人がトップ２になったのは当然の事だと思っているよ。</p>

<p>Evan Lysacekが試合に出ないと知った時はとてもショックだった。モスクワから現地に入ってすぐに彼が怪我をしたって聞いて、心から残念に思ったんだ。アメリカチームって感じになってしまうと困るんだけど、記者の人たちはみんなＥｖａｎの事ばかり聞いてくるからね。でもアメリカ人選手の中に彼がいないなんて本当に妙な感じだった。世界選手権は一年間精一杯戦ってきた集大成のようなものだし、僕らはみんな生活の全てをスケートに捧げて一生懸命努力しているわけだから、Ｅｖａｎのような素晴らしいスケーターが試合に出られないことは残念で仕方がなかった。彼の怪我が一日も早く治って、また来シーズン素晴らしいスケートを見られるよう願っているよ。記者の中には、記事を売る為にあることないこと書き立てるひどい人もいるけど、これが僕のＥｖａｎに対する正直な気持ちなんだ。ライバルがいてくれるからこそ僕はさらに上を目指して頑張っていけるんだからね。</p>

<p>今シーズンをもう一度振り返ってみて、僕自身、本当に素晴らしいシーズンだったと思っているんだ。10月の日米対抗戦ではアメリカチームの勝利に貢献する事が出来たし、ロシアでは賞も貰った。中国大会での金メダルに続いてロシア大会でも金メダルを獲ることができたしね。僕はロシア大会で初めて優勝したアメリカ人シングルスケーターだったんだよ。それに、今シーズンはGrand Prix Finalに初めて出場する事ができたし、全米では二位になった。僕にとって初めてとなる世界大会でのメダルも手に入れることが出来たんだ。本当に充実した素晴らしいシーズンがおくれてとても満足しているんだ。僕はこんな風に変われたことをとても嬉しく思っているし、大きく成長する事が出来たと思う。また有力選手の一人として戻って来る事が出来て、本当に幸せだったよ。</p>

<p>これからのオフシーズンも夏のトレーニングも良いことばかりだよ。世界中でアイスショーをすることになってるんだ。今のところ、日本でのDreams on Ice と Champions On Iceのショーを、それからイリノイ州でショーをする事が決まっているかな。他にもいくつかのショーを頼まれているんだけど、夏には新しいプログラム作りや練習にじっくりと取り組めると思うよ。もっと国内でショーをやっていきたいと思っているんだけど、現時点では3箇所くらいになりそうかな。スケジュールが決まり次第、また知らせていくからね。色々なところへ行けるのが本当に楽しみだよ！まだ曲も振り付けも決まっていないんだけど、次のジャーナルではきっと詳しく書けると思うよ。</p>

<p>今年の夏で２４歳だなんて信じられないな。（ これは良いニュースだけど、ハーレムにあるフィギュアスケート協会（benefit for Figure Skating in Harlem）の Donald Trump氏が世界選手権のお祝いをしてくれたんだ。それからニュージャージーニ新しい家を探しているところだよ。ニュージャージー州の税金はばかに高いけどね）　</p>

<p>今回のジャーナルは何だか取りとめがなくって判りにくかったかな。でも書きたいことは全部書けたと思うよ。もし誰かを傷つけるような事を書いてしまっていたとしたら申し訳ないんだけど、僕はこのジャーナルで今シーズン僕を支え続けてくれたファンのみんなに感謝の気持ちを伝えたいと思っているんだ。来シーズンもみんなに応援してもらえると嬉しいな。今シーズンあらゆる面で僕を支えてくれたみんなに感謝している。みんな元気に春を楽しんでね。</p>

<p>With love,<br />
-Johnny</p>

<p><br />
</p>]]>
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>ジャーナル：08.02.15/&quot;Single Toe Loop&quot;</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://jwejp.net/words/2008/02/080215single-toe-loop.html" />
    <id>tag:jwejp.net,2008:/words//3.119</id>

    <published>2008-02-19T01:25:19Z</published>
    <updated>2008-02-19T08:39:08Z</updated>

    <summary>2月１５日に公式にUPされた最新のジャーナルです。 タイトルは&quot;Single T...</summary>
    <author>
        <name>juju</name>
        
    </author>
    
        <category term="ジャーナル" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://jwejp.net/words/">
        <![CDATA[<p>2月１５日に公式にUPされた最新のジャーナルです。<br />
タイトルは"Single Toe Loop"<br />
全米での同点劇にひっかけたタイトルだと思います。<br />
最後の方では正直な思いも語ってくれていますね。</p>

<p><a href="http://www.figureskatersonline.com/johnnyweir/journalmain.php?p=08february.php">原文</a></p>]]>
        <![CDATA[<p>Friday, February 15, 2008</p>

<p>Title: Single Toe Loop<br />
 <br />
やあ、みんな。いつもサイトを見てくれて、そして僕の新しいジャーナルを読んでくれてありがとう。僕は８０歳になってもジャーナルを書いているんじゃないかな。<br />
この間の更新からいろんなことがあったんだ。グランプリファイナル、クリスマス、全米選手権。僕にとってはとても興味深い日々だったよ。</p>

<p><br />
１２月の初め、イタリアのトリノでのグランプリファイナルに出場した。<br />
これまでのキャリアの中で、ファイナルを通して闘ったのは初めてのことだった。<br />
実はイタリアへ行くというだけでも、僕は既に体力を消耗していたんだ。<br />
１１月はロシアと中国で二つの大会に出場し、僕にとってとっても長い一ヶ月だった。<br />
闘うというよりは既に休暇モードに入っていたね。<br />
進み続けなくてはいけないし、良い結果を出す為にがんばらなくてはいけないこともわかっていた。<br />
ファイナルの前は苦労したんだ。中国大会からロシア大会までの間に、体重がすごく減ったし、体調も良くなかった。それから足にも問題があった。これはモスクワワールドの時と同じ足の怪我で、実は日常的に抱えている故障なのだけど、時々痛みが出て来たり、また消えたりするんだ。イタリアへ発つ前、ニューヨークでとても良い治療を受けたんだ。<br />
ガリナと僕が空港に着いてすぐ、飛行機のフライトがキャンセルされて、遅い便に予定を変更しなくてはならなかったことはすごい痛手だったよ。</p>

<p>イタリアに到着しても、僕の競技会への気持ちはそれほど変わってはいなかった。<br />
良い練習が出来なかったし、僕は弱っていて、ただ眠りたかった。<br />
ショートプログラムで僕はいきなりトリプルアクセルで転倒し、今季勝ち続けて来た選手たちの後ろ、４位という順位につけた。全くHappyじゃなかった。それからフリーでも良い滑りは出来ず、最終結果は４位に終った。気持ちはここにあらずだったけど、今思えば良いスケートは出来なかったかもしれない。それでも昨シーズンとは比べ物にならないくらい良い出来だった。<br />
この大会から前向きなものを見つけることができたのは良かったと思うし、もちろん家に帰って休暇を楽しむ準備が出来ていた。</p>

<p>クリスマスはデラウエアで家族と一緒に過ごし、大晦日はサーシャ＆ローマンのザレツキー兄弟、そしてエレーネ・ゲデバニシビリとニュージャージーで過ごした。<br />
休暇の間はとてもリラックスできたし、充分に楽しんだよ。特に家でクリスマスを過ごしたことは楽しかった。クリスマスの朝に、何より欲しかったものを手に入れたんだ。それが<a href="http://homepage.mac.com/adachia/iblog/C876794169/E443679287/index.html">Swiffer WetJet</a>だよ！<br />
もちろん、家族と僕の犬たちと、そしてメリッサ＆デニスに会えたことも嬉しかったよ。<br />
大晦日はとってもリラックスしていた。去年はヘザレットのパーティーに出かけていたんだけど、今年は友だちのために料理をして、ゆっくりしたかったんだ。その夜はスゥエットパンツをはいて、テレビと、友人たち、そしてSkypeを通じてその友人たちとも祝杯をあげたんだ。<br />
次の日には滑らなくてはいけなかったし、新しい気持ちになっていることが必要だったからバカ騒ぎをすることはできなかったけどね。休暇はスムーズに過ぎていって、僕はとてもHappyだったよ。</p>

<p>新年の数週間後、僕は全米選手権に出場するため、セントポールへ旅立った。<br />
出発前の準備は万端だった。再びタイトルを取り戻すために、強い気持ちと自信を感じていた。<br />
僕が出発する３日前から、ニュージャージーはとても寒くなった。何が起こったのかわからなかったけど、ある朝起きるとカルガリーのワールドの時の時に良く似た背中の痛みがあった。<br />
言うまでもなく憂鬱だった。頭を動かすことができなかったし、滑る事も、そして果たして大会に出る事ができるのかどうかもわからなかった。<br />
出発前には練習の代わりにセラピーを受けていた。僕は自分の荷物も持てず、スカーフをかぶり、コートを着て飛行機に乗った。ヴィクトールとガリナが僕にずっと付き添っていて、僕が怪我をしている為にそんな風になっているのではないと確認していた。<br />
僕らは到着し、飛行機から降りると、氷の上にいるかのようだった。<br />
着いた後、二時間の練習をし、次の日に平凡に練習をし、それからもうショートプログラムだった。</p>

<p>実はセントポールにいる間、ずっとセラピーを受けていた。ショートとフリーの一時間前でさえも。自分の問題について誰にも言いたくはなかった。誰にも影響を受けたくなかったし、誰にも批判されたくはなかった。神はジョニー・ウィアーが傷ついていることを見せたり、話したりすることを禁じたんだ。</p>

<p><br />
僕は一切を断ち切って、巨大な氷の楕円の中、輝くジャンプスーツに身を包んで、ソフトに鳴り響くピアノ曲を待っていた。ショートプログラムはとても良かった。これまでの一週間の自分の精神状態を思うと、とても幸せだった。コンビネーションスピンで小さなミスをしたけど、他はすばらしかったと思った。僕の得点はとても高かった。でも１８人のスケーターの中で僕は二番目だったので、まだしばらく待たなくてはならなかった。<br />
僕は自分のスケートについて話し合うために、パリスに電話をした。彼はicenetworkで大会を見ていた。<br />
僕は救護室に行き、ガリナとヴィクトールと一緒に残りの試合を見ていた。すべてが終って、僕は１位になっていた。もちろん嬉しかった。ホテルに戻り、サラダを食べ、セラピーを受けて、フリーに集中した。</p>

<p>僕は抽選でフリーの最終滑走を引当てた。<br />
そしてまたそれはエヴァン・ライサチェクのすぐ後でもあり、僕にとってはおなじみの位置だった。<br />
フリーの前の朝の練習はまあまあだったけど、とにかく自身に満ちていた。<br />
僕はウオームアップの一時間後に氷の上に立った。ガリナとヴィクトールは心地よく自信にあふれたすばらしい言葉をかけてくれた。<br />
僕はこれから挑戦する氷を見て、心の中で話しかけた。<br />
「おまえは僕のものだ。」<br />
エネルギーはエヴァンが力強いプログラムを滑った後、高まっていた。</p>

<p>観客の準備はできていた。僕の名前がアナウンスされ、少しの間呼吸をとり、最後の緊張を振り切って集中した。そして僕は滑り始めた。両足着氷の４回転、おかしなトリプルフリップ、そしてコンビネーションにいくつかミスはあったが、僕はやり遂げた。<br />
観客は一緒になって歓声をあげて僕を励ましてくれた。<br />
最後のステップシークエンスの後半ではもう僕は泣き出していたのだけど。<br />
とても幸せだった。そして最後は感情が抑えられなくなった。いや、それは「ジバゴ」や「Otonal」ほどは良くなかった。でも僕は力強いエレメンツと純粋なスケーティングを見せることができたと思う。そして今シーズン、正しい判断ができたこと、ガリナ、ヴィクトール、ニーナ、そして新しい僕の仲間たちは、僕の力を取り戻す手助けをしてくれたのだということを悟った。<br />
僕は順位などどうでもよかった。その日、僕はチャンピオンのように感じていた。<br />
一生懸命に練習し、演技をやり遂げるために多くのことを克服してきた。そしてその時にできるベストを尽くしたと思った。とても幸せだった。氷から降りた後、ヴィクトールとガリナは落ち着いており、喜んでいた。僕はママに今シーズンの始まる前、そして始まってからも、ジャッジを喜ばせることができるかということよりも、ガリナを喜ばせることができるのかが心配なんだと言ってきた。だからガリナが笑顔で「Molodets」（Well done!　よくやったわね！）と言った時、僕は良いスケートをしたということがわかったんだ。</p>

<p>エキシビションはフリーの約３時間後だったので、僕はリンクにいてカウチで休んでいた。<br />
長い一日だった。そして僕はとても疲れていて、たった５分のホテルまでの道のりを帰るのさえもおっくうだった。僕はジョシュ・グローバンの"Ave Maria"のプログラムを初めてお披露目した。上手く滑ることができ、この一週間で３度目のスタオベをもらった。<br />
氷の上にいて、どんな瞬間も観客と一緒だという感覚ってこんなにもすばらしいことなんだ。セントポールは僕には申し分なかった。エキシビションの後、ホテルに戻り、シャワーを浴びてセラピーを受け、一すくいのアイスクリームを食べ、ベッドに入った。次の日には家に帰ったんだよ。</p>

<p><br />
今はワールドのトレーニングの為、ずっとニュージャージーにいる。<br />
背中はだいぶ良くなったけど、まだ注意が必要なんだ。<br />
そしてニーナ・ペトレンコが振付けをしてくれた新しいショーナンバーの練習をしている。ニーナ・シモンの"Feeling Good"という曲を使っているんだ。バラード以外の、ジャズテイストの入った曲は使ったことがないので、雰囲気を変えるのには良いと思うよ。"Ave Maria"とは全く違った体の動きなんだよ。</p>

<p>ワールドがすごく待ち遠しい。僕はノルウェー人だし、スカンジナビア人種なんだ。スカンジナビアで競技することが嬉しいよ。そしてスウェーデンにはまだ行ったことがないので特に楽しみなんだ。ワールドの前には時差に慣れるためにモスクワでトレーニングをすることになっている。僕はこの冒険がとても楽しみだし、僕の前に何があるのかがとても楽しみなんだよ。<br />
今シーズンがこんな風に過ぎていくくことが嬉しいし、大きなゴールが待ち遠しいよ。</p>

<p>このエントリーは少し生温く、曖昧なものだとわかっているけど、最後に大事なポイントについて書いておくよ。</p>

<p>+SECOND PLACE＋（二位）<br />
ナショナルでスコアーがアナウンスされた時、僕は勝ったのか負けたのかわからなかった。<br />
テレビのモニターはエヴァンと僕が同点だと言っていた。でも機械を信じていなかったので、意味がわからなかった。それから僕が二位だということが発表された。僕はこの採点システムで同点なんてないと思っていた。でも予期せぬことが起こるものなんだと悟った。僕は二位を受け入れた。コンピューターに勝てるなんて思っていないから、金メダルではなく、銀メダルだってことには納得しているよ。このシステムではコンピューターが一番なんだ。まあそれをクレイジーでないとは言わないけどね。</p>

<p><br />
+SINGLE TOELOOP+<br />
実際に滑った後の五分後に、シングルトウループひとつで負けたと言われたのは、極端な慰めであって、それはかなり苛立たしいんだ。</p>

<p><br />
+BACKLASH+<br />
この結果に疑問を投げかけてくれた人たちにはお礼を言いたい。<br />
噂にも聞いたし、USA Todayでも読んだけど、この結果が正しいのかどうか、そしてコンピューターの正確性について非難する人たちがいたということだった。この結果には納得しているし、誰もが納得すべきだと思っている。もし今回チャンピオンになれなかったら、次にがんばって本当のチャンピオンになればいいんだよ。</p>

<p><br />
+"THE RIVALRY"+<br />
これについては一休みさせてあげよう。<br />
僕らはお互いに競い合っている。でも誰かを失いたいわけではない。僕らはライバルとしてやって行く。僕らは相手についてコメントをする。僕らは永遠に良い友だちではないかといえば、そんなことはない。これはスポーツなんだ。僕らはお互い一生懸命やっているし、出来る限りベストを尽くして闘っている。そして２人ともアメリカ人なんだよ。そういうことさ！</p>

<p><br />
+THANK YOU+<br />
セントポールで応援してくれた人、テレビの前で、コンピューターの前で、遠い海の向こうで応援してくれた人、すべての人に感謝するよ。<br />
ハンガリー、ロシア、日本、韓国、そしてもちろんアメリカ中から今年のナショナルの応援に来てくれたファンのみんなにも。<br />
僕のスケートを見せるために、ワーニャを抱えていてくれた父さんにも、すごく感謝している。</p>

<p><br />
無分別でバカらしいことは言うまいと思うけど、もしも僕がそんなことを言ったり、あなたにイヤな思いをさせたとしたら、僕を許して欲しい。<br />
結局のところ、"派手な女王さま"っていうことでね。</p>

<p><br />
Peace and love everyone,<br />
Johnny</p>]]>
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>FSNews インタビュー</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://jwejp.net/words/2008/01/fsnews-2.html" />
    <id>tag:jwejp.net,2008:/words//3.80</id>

    <published>2008-01-16T14:56:38Z</published>
    <updated>2008-01-17T09:09:27Z</updated>

    <summary>ロシアでのインタビューがFSNwesというサイトにUPされています。 英語バージ...</summary>
    <author>
        <name>Chicco</name>
        
    </author>
    
        <category term="インタビュー" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://jwejp.net/words/">
        <![CDATA[<p>ロシアでのインタビューがFSNwesというサイトにUPされています。<br />
英語バージョンもファンサイトで紹介されていましたので、それを訳します。</p>

<p><a href="http://weir.ru/page-id-73.html">原文はここ</a></p>

<p>jujuさんが途中までやってくださたのを引き継ぎました。この題名ロシア語をアルファベット表記したもので、慣用句だと思うんですが、意味が分かりません。途中ジェスチャーが混じっているのはジョニーがロシア語でインタビューに応じていたからだと思います。すごいね、ジョニー。</p>

<p>エヴァンとのライバル関係について、ここではすごく率直に語っています。他の（アメリカの）インタビューではもっと当たり障りのない発言だったと思うんですが。</p>

<p>最後のほうで心理テストのようなものをやってます。ジョニーリラックスして、楽しんでインタビューに臨みましたね。皆さんにも楽しんでいただけると嬉しいんですが。</p>]]>
        <![CDATA[<p>I:今日はとてもユニークなスケーター、そして興味深い人物であるジョニー・ウィアーにインタビューします。ジョニー、ごきげんいかがが？</p>

<p>J:とても良い気分だよ。ちょっと疲れているけどね。</p>

<p>I:OK,じゃあ始めましょう。モスクワ滞在中に本当にすばらしい芸術鑑賞をしたわよね。<br />
“Yunona I Avos”、そしてボリショイ劇場で”白鳥の湖”も観たのね。<br />
どうだった？</p>

<p>J:芸術的にロシアはものすごく多彩だよね。ロックオペラもバレエも観る事ができて、そしていずれもすばらしい。アメリカではブロードウエイのショーをあれもこれも観るけど、最高のものがない。でもモスクワではすべてが最高のレベルだね。</p>

<p>I:それらはCup of Russiaでのスケートに何かインスピレーションを与えたかしら？</p>

<p>J:もちろん！僕はいつもロシアでは上手く滑りたいと思っている。でも今年はきっと勝てると思うんだ。CoRではまだ優勝したことがないんだけど、すばらしいショーをいろいろ観たことは充分プラスになっているよ。</p>

<p>I:普段はどんなインスピレーションやモチベーションがスケートを上達させるの？</p>

<p>J:負けることが嫌いなんだ。</p>

<p>I:カップ・オブ・チャイナを振り返ってみましょう。間違っていなければ、あなたが金メダルを取ったのは２００４年シーズン以来よね。</p>

<p>J：その通り。</p>

<p>I:それはあなたにとってどんな意味があったのかしら。</p>

<p>J:そうだね。まず二つのプログラムでクリーンに滑ることができた。これは最初の大きな進歩だよ。二つ目、僕は１位だった。すばらしいことだね。そして３つ目にライサチェクに勝った。これは僕にとって３番目の大きなステップだ。そしてステファンにも勝った。でも僕にとってはライサチェクはもっと重要なんだ。なぜなら、僕らは全米タイトル、そしてワールドのメダルを競い合っている。<br />
僕はアメリカの人々に、僕らが（両手を同じレベルに並べて）こうだと思って欲しくないんだ。僕は（一方がトップにあることを示して）こうありたいと思っている、そして彼は（最下位と示して）こうだと・・・他の何であるとしても。</p>

<p><br />
エヴァンに勝つために最も重要なのは、４回転？それともクリーンに滑ること？</p>

<p></p>

<p>良い演技をすることが一番重要だと思う。４回転は誰にとっても成功すればすばらしい。でもフィギュアスケートにおいてはそれだけではない。そこにはプログラムがあり、音楽があり、コスチューム、芸術性、ジャンプ、もちろんスピンもある。あらゆることが良くなるべきなんだ。「うわ、彼は４回転を跳べるよ」だけじゃなくって。それが僕にとっては一番大事なことだよ。</p>

<p><br />
それであなたはCoRでは４回転はやらないのかしら？</p>

<p><br />
ガリナと僕はまだ練習の途中なんだ。<br />
先週僕たちは Olimpiisky で練習をしたんだけど、４日間はとても良い感じだった。<br />
そして５日目は悪かった。なので今日はお休みなんだ。明日は滑るよ。そして月曜日と火曜日に練習して、水曜日は休みで、それから木曜日が公式練習なんだ。だからその練習でどんな風になるかを見るつもりだよ。</p>

<p></p>

<p>ステップシークエンスについてはどう？SP、FPの両方でもっと難しいものにしようと考えている？</p>

<p><br />
そうだね。ステップシークエンスは今でも難しいんだよ。</p>

<p><br />
レベルはどのくらい？</p>

<p></p>

<p>レベル１、または2か３。僕がステップを抜かしてしまうからなんだ。それとステップをクリーンに演じないから。でも毎日練習しているとおりにステップをやれば、レベル３に加点が付くはずだ。レベル４は・・・取るのがすごく難しい、日本のスケーターが一度とプルシェンコが一度取った以外、誰も取ったことがないぐらいに。だからレベル３を目指すのが重要なんだ、それで充分良いレベルだから。</p>

<p> <br />
ガリナがコーチになって、トレーニングのどんなところが変わった？</p>

<p><br />
彼女はプリシッラより正確さを要求する。彼女は何事もあるべきやり方を好んで、彼女なりのやり方を通すことを重んじるんだ。それと、僕にやる気を起こさせるのが上手い。もし僕が疲れすぎていたり、年をとりすぎているとかんじる日があったとして、ロングプログラムを通してできないと言ったとしても、彼女はやる気を引き出すことができるんだ。そして、一緒に通しで練習をする。以前はプログラムの一部だけをやっていたのに、今ではこうして全部を練習するんだ。<br />
 </p>

<p>それは、ガリナが厳しすぎることもあるということ？</p>

<p><br />
ガリナは厳しいほうだけれど、それこそ僕が必要なことだったんだ。だからこそ良い友人で母親のようだったプリシッラからコーチを変えたんだから。ガリナの元に移ったのは、ガリナなら僕をリラックスさせないし、間違った決断をさせないと分かっていたからだ。ガリナは僕のスポーツに関する決断が的確なものだけになるよう求めるからね。<br />
 </p>

<p>プログラムのコレオグラフィーについてはどう思う？チャイナカップの後、技術面に重点が置かれて、コレオグラフィーがあまりよくないという意見が出たそうだけれど。</p>

<p> <br />
ショートプログラムのコレオグラフィーは元とはかなり変わっていて、それは元のものがものすごく難しいステップシークエンス、ものすごく難しいスピンとジャンプ全部を２分５０秒に含めるのがすごく大変だったからだ。それで、僕らはエレメンツをこなせるようにかなり変更したんだ。僕が新システムをあまり好きになれないのはそういうところで、絶対に盛り込まなければならないエレメンツがあって、ステップシークエンスは一つ３０秒と決まっているからだ。もし二つ入れると１分になる。それと多分３０か４０秒かかるジャンプが３つ。残りの時間は大体スピンに取られるし。そう考えるとショートプログラムでは特に、コレオグラフィーって言っても、コスチュームとオープニングとエンディングのポジションぐらいになってしまう。だから今のシステムでコレオグラフィーを盛り込むのはすごく難しいと思うんだ。</p>

<p><br />
ショートプログラムの衣装を変えたのはなぜ？</p>

<p><br />
太って見えたから。</p>

<p><br />
本当にそう思うの？</p>

<p>日本の競技会ではこっち側は全部白だった、それで幅が広く見えてしまったんだよ。<br />
 </p>

<p>（笑って）おかしいわね、あなたすごくやせて見えるのに！今は自分のプログラムを気持ちよく滑ることができる？</p>

<p> <br />
うん、充分トレーニングをつんでこつこつと厳しい練習をこなしてきたと思う、練習では良いできになっているし、もちろん充分トレーニングをしたから落ち着いていられると思うよ。</p>

<p></p>

<p>ISUプロフィールに「ライター」ってあるのはどういうこと？</p>

<p><br />
新聞にコラムを書く予定なんだ。</p>

<p><br />
どの新聞？</p>

<p>それはまだ言えない。</p>

<p><br />
秘密なの？</p>

<p><br />
うん今はまだ秘密。新聞にコラムを書く予定で、一ヶ月に一回のサイクルになるはずだ。一つの話題を、どんな分野からでも、取り上げて、それについて自分なりの考えを書くんだ。オピニオン・コラムみたいになるはずだ。最初に書くものは、旅行で他国にアメリカ人として滞在することの困難、について書くつもりだ。アメリカ人に対する評判悪いからね、今は。<br />
 </p>

<p>デザインについては？今はやっていないのかしら？</p>

<p>いや、今でもやっている。僕のコスチュームは両方とも自分でデザインしたものさ。</p>

<p><br />
自分でデザインしたの！</p>

<p>（うなずいて）大体はね、Natella Abdulaevaのデザインを基にして。彼女はニュージャージーに住んでいて、すごく良い作品を作り素敵なアイディアを持っているんだ、でも僕のコスチュームが実際に作る段階になって、上手く行かなかったんだよ。だから自分で新しいデザイン画を書いて、それを使ったんだ。メリッサとデニスの今年のコスチュームもデザインしたし。<br />
 </p>

<p>良くできているわ！</p>

<p><br />
フリーダンスで事故がおきたからあの衣装は誰もが見たと思うけど、だからってわけじゃなく、実際クールだと思う。ここの大きな羽が付いているんだよ。（場所を示して）<br />
 </p>

<p>そうなの。（笑）本当にすごくクリエイティブだわ。もしコレクションを持つとして、どんなラベルをつけるの？</p>

<p>そのことはずいぶん考えたんだ。Ripped,Torn and Burntなんて良いね。</p>

<p><br />
ええ、良いと思うわ。</p>

<p>僕は、全てが間違っているかのように見えるスタイルが好きで、作品がみんな引きちぎれていたり、縁がほつれていたり、こげているとかそんなかんじ。僕にはそれが面白いと思えるんだ。<br />
 </p>

<p>ちょっとテストをします、見て、何かが描いてあるわね。ここに絵になるよう何かを描き加えて。</p>

<p><br />
これ何かな？酒樽？ばかげてない？</p>

<p></p>

<p>（大笑いして）ううん！ちゃんとした絵になるように何かを描き加えなきゃいけないの、形じゃなくて絵になるように。そしてどの絵にも形容詞を一つつけて。何かを想像して！酒樽じゃないわ。ハートじゃないかしら。後で私がどういう意味か教えるから。</p>

<p><br />
ああ、そうか。面白そうだね。（ジョニースケッチをする）そして、これがなにか書くんだね？</p>

<p><br />
そう、形容詞を書いて。</p>

<p>これについて、それともこれが何かを書くの？</p>

<p><br />
ううん、これについて。</p>

<p>ボートだ。</p>

<p><br />
それがなんだか言うんじゃなくて</p>

<p>ボートじゃダメなの？</p>

<p>ううん、形容詞、どんなボート？</p>

<p>だからボートだって。</p>

<p>具体的にどんなボート？素晴らしいボートとか、</p>

<p>つづりを間違った？</p>

<p>ううん、大丈夫！絵のために、何かイメージしてそれを書いて。結果を気にせずに！</p>

<p><br />
浮かんできてる、来てるよ！何、このテスト！（笑いながら）</p>

<p>やるのよ、約束したじゃない！</p>

<p><br />
これって、ダメかな？ッていうか、このテストなんか悪いこと？</p>

<p><br />
とんでもない、あなたについてなの。終わったら結果を教えるから。ショックを受けるかもしれないけど、大丈夫。赤くなっているけど、恥ずかしいの？</p>

<p> <br />
赤い？（頬をさわる）</p>

<p> <br />
 <br />
面白いテストなの、これ。ワオ、すごいわよ、ジョニー！結果です！最初のはあなた自身をあらわすの（ティディーベア）。２番目のは他の人をどう見るか（ラブ）。３番目は人生についてどう考えているか（彼の名前）。４番目は自分の魂、内部をどう見るか（ボート）。すごく不思議だけれど、５番目はあなたと家族との関係（無＝ブラックボックス）。</p>

<p><br />
あれ、それ違うよ。あたってるはずないよ！</p>

<p><br />
最後のは愛についてどう考えるか（唇）。特に、ファースト・ラブについて（笑）。そう、じゃあ実際には、どれが違っている？５番目が違う？バツつけて。</p>

<p><br />
５番目は違う。そう、この形が好きじゃないよ。ボックス型ってくだらない。もしもっと面白い形を出してくれていたら。たとえば（スケッチして）もっとましのものが描けたはずだ。<br />
 </p>

<p>OK,家族とは、そして愛とはあなたにとってどんな意味があるの？</p>

<p><br />
家族とは、愛とは僕にとってどんな意味があるかって？僕にとって家族は・・・安全な場所なんじゃないかと思う。家族はいつでも後ろに控えていてくれるから。僕の家族はいつも僕の背後にいてくれる。僕がオリンピックで２０位だろうと１位になろうと、家族はいつも同じように接してくれる、とわかっているからね。愛とは、セックスも愛の一部だとは思う、だけど「唇」はそのものずばりの意味だけじゃないと思う（自分の頭をたたいて）。たとえば自分にあった相手を選ぶとか、自分と似たところのある相手を選ぶとか。そういうことなんだと思うよ。僕には「唇」があって、頭が良くて創造的で、そういうことなんじゃないかな。分からない、これ全部すごくこっけいだよ。それに僕がティディーベアだって。ちっちゃな白いクマ（笑）。それと今自分の人生で確かに僕は自分勝手だよ、それが僕さ。</p>

<p><br />
そうね、本当に・・・全部があたってはいないけど</p>

<p><br />
これは本当だな。ティディーベア、うん、あたってる。４番目はあたっていて、５番目は間違っている、６番目はまあまあかな。</p>

<p><br />
本当にありがとう！モスクワでの滞在をエンジョイしてください！あなたが勝つように祈っています。</p>

<p> <br />
 Держи кулачки за меня（どういたしまして？？？）<br />
</p>]]>
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>IFSインタビュー</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://jwejp.net/words/2008/01/ifs.html" />
    <id>tag:jwejp.net,2008:/words//3.79</id>

    <published>2008-01-15T23:48:17Z</published>
    <updated>2008-01-20T07:18:04Z</updated>

    <summary>かなり長いものだったので 簡単に訳させていただいております。 一語一句訳してませ...</summary>
    <author>
        <name>あすか</name>
        
    </author>
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://jwejp.net/words/">
        <![CDATA[<p>かなり長いものだったので<br />
簡単に訳させていただいております。<br />
一語一句訳してませんが何を言っているかは分かるように<br />
訳したつもりです（＾＾；；</p>

<p>原文はこちら<a href="http://www.ifsmagazine.com/forum/index.php?showtopic=501">http://www.ifsmagazine.com/forum/index.php?showtopic=501</a></p>

<p>ジョニーご飯食べようよ。。。</p>]]>
        <![CDATA[<p>ジョニーウイアーは労働者階級の息子として誕生しペンシルバニア州で成長した。幼い頃から本業のフィギュアスケート以外でも多才であったジョニーは乗馬においてもその天才ぶりを発揮し、愛馬Ｓｈａｄｏｗと出場したペンシルバニアの大会ではチャンピオンにもなっている。<br />
しかし、１２歳のクリスマスにプレゼントされたスケート靴がフィギュアスケートを始めるきっかけとなる。ジョニーは愛馬Ｓｈａｄｏｗと別れ、フィギュアスケーターとしての決して早いとは言えないスタートを切った。その５年後、ジョニーはジュニア世界大会で優勝を飾っている。</p>

<p><br />
ＩＦＳ：これまでに３度のナショナルチャンピオンに輝き、今月末ミネソタで行われる大会で４度目の優勝を狙うジョニーとのインタビューです。</p>

<p>ＩＦＳ：長年続いてきたＣｈａｍｐｉｏｎｓ　ｏｎ　Ｉｃｅ のツアーが中止され、あなたを含め多くのスケーターが収入の面で影響を受けた事と思いますが、あなたはＩｌｉａ　Ａｕｖｅｒｂｕｋｈからロシアでのショーのオファーを受けておられますね。アメリカ人スケーターでありながら、アイスダンス世界チャンピオンでもあるロシア人、Ｉｌｉａ　Ａｕｖｅｒｂｕｋｈとこのような親密な関係を築けるのは何故でしょうか？</p>

<p>Ｗｅｉｒ：彼（Ｉｌｉａ）が、Ｄｅｌａｗａｒｅ　ｒｉｎｋで練習している時僕もそこで練習していたんだ。でも当時の僕はとても若くて有名でもなかった。ぼくにとって初めてのＧｒａｎｄＰｒｉｘ　シーズンで何度か一緒になることがあったし、スケート会は小さな世界だからジュニアチャンピオンになった頃にはお互い顔見知りになっていた。２００６年のトリノ五輪で隣り合わせた時に、彼らの衣装の話から始まり、ショーの話がでたんだ。僕はロシアが大好きだし、ロシアにはファンも多い。僕をショーに起用する事はショーを運営しているＩｌｉａにとって好都合だったのかも知れないね。</p>

<p>ＩＦＳ：あなたはＧｒａｎｄ　Ｐｒｉｘシーズンの早い時機に、Ｃｕｐ　ｏｆ　Ｃｈｉｎａで優勝されましたね。ショートではＥｖａｎについで２位につき、最終的には２００４年以来初となるゴールドメダルを手にされました。この優勝の影には何があったのでしょうか？</p>

<p>Ｗｅｉｒ：新しいコーチであるGalinaの影響が大きいかな。彼女は過去を振り返るのではなく常に前を向いて前進していく事を教えてくれた。確かに僕はＣｕｐ of Ｃｈｉｎａのショートで、国内最大のライ<br />
バルでもあるＥｖａｎに次ぐ２位に終わった。でもショートの出来は良かったし、Ｇａｌｉｎａも僕も次のフリーで素晴らしい演技をすることに集中したんだ。これは精神面での話しなんだけど、Ｃｕｐ　ｏｆ　Ｃｈｉｎａは僕にとってショートでの演技や順位が次のフリーに影響しなかった初めての大会になった。他のスケーターと違って、スケートを始めてジュニアチャンピオンになるまで僕には４年しかなかったから、トップレベルで競い合うのに必要な精神面での強さを充分に養うことができていなかったんだ。<br />
今初めて、僕はトップスケーターとして（精神面でも）充分に成長できたと感じている。もし失敗しても次で取り返せるって気付く事が出来たからね。</p>

<p>ＩＦＳ：Cup of Russia では２度の世界チャンピオンに輝いたＳｔｅｐｈａｎ　Ｌａｍｂｉｅｌと戦っていますね。続くトリノで行われたＧｒａｎｄ　Ｐｒｉｘ　Ｆｉｎａｌであなたは良い演技が出来ず、Ｌａｍｂｉｅｌが金メダルを取りました。ジャンプでのミスがあったにもかかわらず彼の演技は観客を魅了しました。あなたもＬａｍｂｉｅｌも完璧な演技をしたと仮定して、あなたがＬａｍｂｉｅｌのフリーでの得点を超えることは可能でしょうか？</p>

<p>Ｗｅｉｒ：個人的に僕はＬａｍｂｉｅｌの質の高い演技を素晴らしいと思っている。僕には出来ないことだが、彼は演技を通じて観客の心を掴むが出来るんだ。今シーズン、マスコミは彼のトリプルアクセルばかりに注目していたけれど、僕から言わせれば、例え全くジャンプを飛ばなかったとしても、彼のプログラムは充分に見る価値のあるものだったと思う。彼のスケートであまり好きではない点はもちろんあるし、僕のほうが優れている点もある。でも彼はとても表現力豊かで観客と一体になれる --- 僕はそれをとても羨ましく思っている<br />
んだ。</p>

<p>ＩＦＳ：　数年前あなたと観客との間には一体感が無いと話合いました。当時のあなたはアイコンタクトをせず、観客から切り離されているようにも見えました。その点について何か変化はありましたか？またあなた自身、変わりたいとの思いはありますか？</p>

<p>Ｗｅｉｒ：僕には、何故自分がそのように滑るのかはわからないけれど、それが自分にとって自然だからそうしているんだ。正直な話、アリーナで何千人もの人たちの前に立つと本来の自分に戻ってしまうものなんだよ。僕は僕自身の為に滑っているし、僕には僕のスタイルがある。前シーズン僕は（スタイルを変えて）新しいことに挑戦してみたけど、上手くいかなかったよ。</p>

<p>ＩＦＳ：そう！うんと“男くさいバージョン”のジョニーでしたね。（スタイルチェンジが）昨シーズンの敗因かしら？</p>

<p>Ｗｅｉｒ：そうだね。昨シーズンの僕はシリーズ前にすでに燃え尽きてしまっていた。だからこそ何か新しいことに挑戦しようと思ったんだ。<br />
それで髪や髭を伸ばしたりして男くさい感じに変えてみたんだ。（新しいスタイルに）挑戦したことには満足しているけど、結果的には<br />
あまり上手くいかなかったかな。</p>

<p>ＩＦＳ：将来的にもう一度あのスタイルを試してみる気はあるかしら？</p>

<p>Ｗｅｉｒ：絶対に無いとはいえないけど、引退までにそれほど多くのシーズンが残されているわけではないからね。<br />
今現在とても調子がいいし、何と言われようと今のスタイルが気に入っているよ。</p>

<p>ＩＦＳ：あなたはロシアがとても好きだけど、２０１４年のＳｏｃｈｉ（ロシア）五輪まで競技を続けたいと考えていますか？（Ｓｏｃｈｉでは）あなたは２９歳でソロスケーターとしては年配と言えるかもしれませんが、アイスダンスなどへの転向は考えていらっしゃいますか？</p>

<p>Ｗｅｉｒ：２０１４年のＳｏｃｈｉでも戦えたら素晴らしいと思うけど、今は２０１０年のバンクーバー五輪に焦点をあわせているんだ。<br />
現実的には、男子シングルではＳｏｃｈｉまでに力のある若い選手が台頭してくるだろうし、わずか４年でアイスダンスなど他のものに転向することも難しいだろうね。でも前回のオリンピックチャンピオンとしてＳｏｃｈｉのリンクに立つことができたらどんなにすばらしいだろうね。</p>

<p>ＩＦＳ：今シーズン、新しいスターにスポットがあてられる事は無く、スター選手の引退やフィギュアスケート界の衰退など暗いニュースばかりが紙面を飾りました。あなたはその点についてどうお考えですか？</p>

<p>Ｗｅｉｒ：多くの人にとってフィギュアスケートは女性のスポーツだ。僕ら男子スケーターがいくら頑張っても女性スケーターのようなわけにはいかないんだよ。だから、Ｓａｓｈａがトリノで優勝していたらアメリカにおいてフィギュアスケートはまだまだ人気があっただろうって言う人は多いよね。男子シングルではＥｖａｎもいるし、アイスダンスではＴａｎｉｔｈとＢｅｎが頑張っている。フィギュア界にスターがいないわけではなくて、（女子シングルのように）一般受けするスターがいないと言うことなんだ。でも結果を残す事が出来ればこういった状況を変えることが出来るかもしれない。Ｋｗａｎの成功の上にＴａｒａ　Ｌｉｐｉｎｓｋｉの人気があり、Ｋｒｉｓｔｉ　Ｙａｍａｇｕｃｈｉが礎を築いたからこそＮａｎｃｙは注目をあびることが出来た。その意味では、Ｋｗａｎ　と　Ｃｏｈｅｎの引退で（引き継がれてきた）一つの世代が終わってしまったとは感じるね。</p>

<p>ＩＦＳ：マスコミ関係者以外の著名人の中には、あなたは単なるスポーツ選手以上の存在だと考えている人たちがいますね。Ｐｅｒｅｚ　Ｈｉｌｔｏｎもその一人ですし、その他にも多くのサイトがあなたを応援しています。それについてはどうですか？</p>

<p>Ｗｅｉｒ：僕自身はそれほどインターネットに詳しい訳ではないんだけど、その影響力は甚大だ。Ｐｅｒｅｚが彼のサイトで僕がＭｅｌｌｉｓａやＤｅｎｉｓと踊った“ＦａｌｌｅｎＡｎｇｅｌｓ”について紹介してくれたおかげで、より多くの人の声援を実際に感じる事が出来、とても感謝しているよ。それにネットでの情報がレーダーになる事もあるんだ。例えばウクライナのウエブサイトで僕が最も熱いアスリートに選ばれた事をきっかけにして、スポーツ雑誌の表紙を頼まれた事もあるんだよ。スケートに興味がある人だけでなく、より多くの人に僕の（スケート選手としてだけでなく）色々な面を知ってもらえることはとても意味があることだと思うんだ。</p>

<p>ＩＦＳ：そういった意味では、あなたがスケートを引退後の助けになるでしょうか？</p>

<p>Ｗｅｉｒ：今のところ僕はフィギュアスケートで生活しているけど、一生涯スケートで食べていけるわけではないんだ。将来的にはファッションやデザインなど芸術面での仕事をしていきたいと思っている。そのためには大学に入って勉強する必要があるんだ。フィギュアスケーターであるおかげでＶｅｒａ　Ｗａｎｇのような人に僕のことを知ってもらうことが出来たし、振り付けや音楽等フィギュアでの経験は芸術面での良いトレーニングになっていると思うよ。引退してからもショーでは滑りたいと思っているからこれからもずっとスケートとは関わっていくことになると思うよ。</p>

<p>ＩＦＳ：以前ファッションショーやパーティーに参加する事で練習時間を無駄にしているとの指摘がありましたね。シーズン初めにはそのような批判に対し、あなたは（スケート以外での活動を）控えていくとのことでした。実際には１年のうちでほんの２～３日程度をショーやパーティーの為に費やしているに過ぎませんが、それでもあなたはファッションショーやパーティーへの参加を減らす必要があると本当に考えていますか？それともそういった批判への対応として参加を控えられたのでしょうか？</p>

<p>Ｗｅｉｒ：今シーズン僕は時間ではなくエネルギーに焦点を当てているんだ。ショーやパーティーに参加する為のスケジュール管理や移動の為に必要なエネルギーをスケートの練習の為に使うことにしたんだよ。それで批判されることは少なくなったのかもしれないね。とは言え、ぼくが人生を少し楽しみたいと考えたとしても、決して悪いことではないんだ。僕がずっと力を入れている“Ｔｈｅ　Ｈｕｍａｎ　Ｒｉｇｈｔｓ　Ｃａｍｐａｉｇｎ　”というのがあってＨｅaｔｈeｒｅｔｔe Fashionもそのプロジェクトの重要な一部なんだ。 <br />
Ｅｌｔｏｎ　Ｊｏｈｎが主催するＡＩＤＳ撲滅キャンペーンで、ＡＩＤＳの研究とその治療の為に尽力しているんだよ。その活動において、有名人に会ったり、綺麗な服を着て美味しいものを食べる事もある。僕を批判する人もいるだろうけど、もしこういった活動がスケートの練習の妨げになり、コーチであるＧａｌｉｎａが参加を取りやめるように僕に言ったなら、僕は彼女の意見を尊重するよ。　僕はスケートの練習を妨げない範囲で色々やっているんだ。</p>

<p>ＩＦＳ：（今シーズン）コーチを変え、より厳しい練習をつむ決意をされたのは昨シーズンのＴｏｋｙｏ　Ｗｏｒｌｄ　Ｃｈａｍｐｉｏｎｓｈｉｐｓ　の後ですか？</p>

<p>Ｗｅｉｒ：実際にはＴｏｋｙｏの前かもしれないね。何か新しいものが必要だって感じたんだ。長年コーチしてくれたＰｒｉｓｃｉｌｌａが悪かったわけではないんだよ。ただお互い馴れ合いになってしまっていた。昨シーズンの僕はスケートを楽しむことが出来ず落ち込んでいたんだ。Ｐｒｉｃｉｌｌａはずっと僕を支えてきてくれたし、今でもそれは変わらない。ただ昨シーズンの僕はチャンピオンになりたいのに、スケートへの意欲を失い、Ｐｒｉｃｉｌｌａもそんな僕のやる気を引き出すことができずにいた。Ｔｏｋｙｏ　の大会でエキシビジョンのメンバーにすら入れなかった僕は、４日間、母と二人で東京を歩き回り、コーチを変えることについて話し合ったんだ。これまでに僕は、僕のスケートスタイルにはアメリカ人よりもロシア人のコーチが合っていると沢山の人に言われてきた。Ｐｒｉｃｉｌｌａはもちろん初心者からオリンピックレベルまでのあらゆる人にとって最も素晴らしいアメリカ人コーチと言えるよ。</p>

<p>ＩＦＳ：全米チャンピオンの座を奪回する上で重要な事とそうでないことを教えて下さい。</p>

<p>Ｗｅｉｒ：去年の僕と違い、今年はこれまでで一番練習してきたし、もう一度チャンピオンになる為の準備は整っているんだ。Ｅｖａｎが信じられないほどの練習をつんできていることも知っている。だからこそ彼はＰｌｕｓｈｅｎｋｏのような素晴らしいスケーターになったんだ。でも同時に僕のほうが優れているという確信もある。だから試合に出てきちんと滑りさえすれば負けることは無いよ。Ｅｖａｎと僕とは全く違うタイプの人間だし、二人とも同じものを手に入れようと努力しているライバル同士なんだ。人間的に彼のファンだって訳ではないけど、Ｅｖａｎは悪いやつではないよ。昨シーズン僕は１度も彼に勝つことが出来なかった。彼が強くて僕は弱かったからだ。今シーズン僕は彼に勝つことが出来るはずだ。思い通りの結果（チャンピオンを奪回する）をえるために上手く滑る。ただそれだけだよ。</p>

<p>ＩＦＳ：Ｅｖａｎかその他の選手のどちらかに金メダルを奪われるなら、あなたにとってどちらがより悔しいですか？チャンピオンの座を奪われるとするならそれはＥｖａｎであって欲しい思いますか？それともＥｖａｎ以外の誰かであって欲しいですか？</p>

<p>Ｗｅｉｒ：もし僕が２位で誰か他の人が１位であるとするなら、それは間違いなくＥｖａｎになるだろう。Ｅｖａｎが１位の方が良いというわけではなくて、そうなるだろうということなんだ。ＰｌｕｓｈｅｎｋｏとＹａｇｕｄｉｎのような関係だね。どちらかが負けると必ずもう一方が優勝する。Ｅｖａｎと僕とは常に上位２位を争いあう事になると思うよ。</p>

<p>ＩＦＳ：ではトップスケーターとして、あなたが日課にしている事を教えて下さい。何か続けてやっている事はありますか？またもっと時間をとりたいと感じていることがあれば教えて下さい。</p>

<p>Ｗｅｉｒ：僕はとても計画的なタイプで予定通りに行動することが多いんだ。日曜は休みを取るね。それ以外は７時に起きて、シャワーをあびるとその日初めてのコーヒーを飲む。その後車でリンクに通いテンポの速い曲を聴いて目を覚ます。そしてスターバックスで（２杯目の）コーヒーを飲むんだ。<br />
練習が終わると家に帰ってメールチェックをしテレビを見るか少し昼寝をすることもある。そして２度目の練習に向いスターバックスでの２杯目のコーヒーを飲む。練習が上手くいくと僕は幸せなんだ。早く練習が終わった日は音楽が鳴り響く車でもう一度スターバックスに行きスターバックスでの３杯目のコーヒーを飲み、４時から６時の間には家に戻るよ。夕食時間は僕にとっては日焼けの時間でもある。日焼けは病的に見せない為に必要なんだ。それに病院や美容院の予約、車の修理なんかもこの時間にしているよ。夕食は自分で作るんだ。デザートもポテトもなしで少しのお肉とサラダを食べて、５度目の最後のコーヒーを飲むんだ。それからロシアの友達に電話をかけるんだけど、ロシアではもう２時になっているから友達はとっても嫌がるんだよ（笑）。その頃には洗濯も終わっている。僕は（神経質なほど）きれい好きで何度も掃除機をかけるし、おもちゃなんかもきちんと洗浄するんだ。そして体重計に乗って体重をカレンダーに書き込む。僕はネイルもするし、歯も３回きっちり磨く。髭剃りは苦手なので２週間に一度だけシェイブするんだ。クリームやローションも塗るし、パックもしている。毎日この通りに行動しているよ。洋服ダンスの整頓をすることもあるね。後、毎晩母に電話しているかな。</p>

<p>ＩＦＳ：あなたのスケジュールは本当に大変ね。聞いていると無性にピザでも注文したい気分になるんだけど…</p>

<p>Ｗｅｉｒ：それはやめておくよ。フィギュアスケーターにとって体重管理はとても重要なんだ。ジャンプを飛んだり、フリープログラムを滑りきるために、適正な体重を保つ必要があるんだ。僕は夏に太ってしまうんで、秋にはダイエットを始める。９月から始まるシーズン中はいくらお腹が空いても我慢する。健康的とは言えないけど僕にはこの方法が合っているんだ。結果を出す為に必要最低限のものだけを食べるようにしている。腹を空かせた犬はいつでも狐を捕る事が出来るからね。</p>

<p>ＩＦＳ：あなたの好きな言葉に“Upon the brink of a wild stream, he stood and dreamt a mighty<br />
dream”（水辺に立って、とてつもない夢を見る）というロシアの詩人Ｐｕｓｈｋｉｎｓの言葉がありますね。この言葉は裏のトウモロコシ畑の間を流れる凍りついた川に立つあなたを連想させるのでしょうか？</p>

<p>Ｗｅｉｒ：この詩を（スケートを始めた頃の）僕のようだと感じる事はあるよ。でも同じように夢を持つ多くの人の為の詩でもあるんだ。僕は夢をかなえることが出来たけど、それは応援してくれたみんなの力なしでは決してかなえることは出来なかった。初めてスケート靴を履いて氷にたった時のことを思い出させてくれるこの言葉は僕にとって特別なものなんだ。氷が溶け始めた時どれほど悲しかったことか。凍りついたトウモロコシ畑にたった一人で立っていた僕はオリンピックの舞台で衣装を纏い人々の喝采を受ける自分の姿を思い浮かべていたんだ。</p>]]>
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>Philadelphia Magazine 　</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://jwejp.net/words/2008/01/philadelphia-magazine.html" />
    <id>tag:jwejp.net,2008:/words//3.76</id>

    <published>2008-01-07T23:04:26Z</published>
    <updated>2008-01-17T09:33:03Z</updated>

    <summary>てまりさんがご自身のブログに訳を上げてくださっていたのでこちらに利用させていただ...</summary>
    <author>
        <name>あすか</name>
        
    </author>
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://jwejp.net/words/">
        <![CDATA[<p>てまりさんがご自身のブログに訳を上げてくださっていたのでこちらに利用させていただけないかお願いしたところ快く了承していただけました。<br />
てまりさんありがとうございます。</p>

<p>ＵＰさせていただきますので是非読んでみてください。</p>

<p>原文はこちら<a href="http://www.phillymag.com/articles/johnny_drama/page1">http://www.phillymag.com/articles/johnny_drama/page1</a></p>]]>
        <![CDATA[<p>ジョニーのドラマ</p>

<p>アイススケートのバッドボーイ、ジョニーウィアーは、オンアイスでと同様に、オフアイスで数々の話題を作ってきた－パーティーの大騒ぎやメディアとのいがみあいに近い関係や性的な面での曖昧さで。多分それが、なぜあれだけのスケートの力がありながら、彼が金メダルを手にできないかという理由なのだろう。</p>

<p>by エイミーストラウス</p>

<p>「多分本物じゃないか、他のものなんだ」とジョニーは彼のルイヴィトン柄のスケートガードをブレードにはめながら話した。「でも面白いよ。」それはデラウェア州のニューアークで、ジョニーが昔滑っていたリンクで小さな女の子からもらったクリスマスプレゼントだった。「僕の周りはみんな僕がルイヴィトンを好きなことを知っているんだ」と彼はいい、エレガントなルイヴィトンの折柄を賞賛した。</p>

<p>私たちはニュージャージーの特徴の無いリンク、アイスボールトにいた。そこで彼はここ6ヶ月間練習をしてきた。昨年の6月、ジョニーは、コーテスヴィルで育ち、ニューアークで10年以上も過ごした後で、コーチを変えた。彼は90分間の練習を終えたばかりで、服を脱ぐ時に、リズミカルに重ねた衣服を解いていった。初めに靴下、そして、バレリーナのようにつま先の間のテープをはがした。それから彼は立ち上がり、私の質問の間にパンツを脱ぎ落とした。</p>

<p>多分驚いてはいけなかったのだろう。ジョニーには、彼がすることに評判があって（いくつもある）、そのうちの一つは、彼が拍子抜けするほど、率直だというものだ。だから私はほんの少し驚くようなお楽しみに備えていた、－あるいは多分、待ちわびていたのだ。でも、彼がセミヌードで立っている間、ベースを落とさず、アイコンタクトも取らずにいることは、少し私に警告のようなものを感じさせた。そして・・・ちょっとかっこいいとも思わせた。</p>

<p><br />
氷に話を戻すと、ジョニーはクリーンなプログラムを滑ったことが無い。彼は薬や暴力やギャンブルのようなものに巻き込まれる野蛮なプロスポーツ選手ではないが、スケートをするときに見せているようにお上品ぶってもいない。たとえば、彼の性的思考についての長く続いている疑問がある。2007年の「全米へのカウントダウンショー」で、フィギュアスケート評論家のマークランドは、自身ゲイであることを表明しているが、ウィアーのことを「彼は自分がそうだとは言わないけど、彼がはっきりそうだということが頭を離れないの。ごめんなさい、私は彼が私が属しているコミュニティーの見本だと思っているわけじゃないのよ。」ランドは彼にただはっきりそうだといってもらいたがっているだけなのだ。</p>

<p>グッドラック!「（ランドが）いいたがってるのは、単に僕が“The Swan”という曲で滑ったことと、僕が何でも話してしまうこと、それに紅い手袋のついた衣装を着ていたことが理由なんだ。それで彼が話していたどんなコミュニティだか知らないけどそこの悪い見本だって言いたいんだろう・・・」彼は肩をすくめて、話をそらせた。「どんなスポーツにもジェラシーのようなものはあるよ。だってほんのわずかな人たちだけが大きな業績を残すし、本物のフィギュアスケートのスターになれるんだ。彼はそうじゃないからね“（まあ！）”だから彼が僕に手厳しいんだし、僕がたいした選手で彼はそうじゃないからやきもちを焼いているんだ“</p>

<p>ジョニーは「アメリカのフィギュアスケート界に大きな影響を与えた」人間として記憶に残りたいといっている、そして彼がした貢献は：ハイヒールを履き、ミニドレスを着て雑誌にポーズをとることや、試合に奇妙な衣装を着て出ること（2006年の全米フィギュアスケート選手権で、彼は赤いくちばしの手袋をし、羽のいっぱいついた白鳥のかっこうで演技をして最近の“Blades of Glory”でジョンヘダーにまねをされている。）彼は自分自身を「王女のような」と表現し、自分の衣装を、他のものにたとえて、「コカコーラのつらら」、「アシッド（酸、またはＬＳＤ）の上にいるケアベア（アメリカの漫画のキャラクターの熊）」などと表現している。そして一度などは、集まったジャーナリストを識別することから記者会見を始めた。具体的には「スカーフ」と「リボン」といったように。ああ、それに、あるプログラムでは、彼はイエスキリストを演じたのだ。</p>

<p>こうしたことがアイススケートの首脳部に呟くかせた、「ジーザスクライスト!（おお、神よ）」と。</p>

<p>ＮＢＣのコメンテーター、トムハモンドは、ジョニーは「スケート連盟に制御できない大砲」とみなされているとかつて話した；　そのことを証明するかのように、アメリカフィギュアスケート連盟（ＵＳＦＳＡ）はいろんな非行に対してジョニーを謹慎させたり、軽い罰を与えたりした。これは無言のメッセージだった：スケーターは、トリプルサルコウをしたりして、人に見られるものであるべきだーそして、まったく耳を貸されなかった。</p>

<p>「私の息子はそんなことにはならないわ」とジョニーのママ、パティは言った。彼女は彼を熱心に擁護しているので、彼女もまたＵＳＦＳＡからとがめられてきた。彼女はジョニーの父があまりに頑固なために「彼は普通の人じゃない」と自分に言い聞かせている。彼らのうちのどちらも、あまりにも正直すぎると。「彼は物事についてとても強い意見を持っているの」とパティウィアーはいう。「ある意味ＵＳＦＳＡは彼が黙ってしゃべり過ぎないよう望んでいると思っていいのかしら?まあ、絶対そうね。でも気にしないってことや、何かが間違っていると思ったら言ってもいいでしょ。」</p>

<p>そして、スケート界の誰も言わないことがある。ジョニーウィアーは、実際には、ドロシーハミルがインスブルックで彼女の輝くボブヘアを振り回して以来、このスポーツに起きた一番すばらしい出来事なのかもしれないのだ。ジョニーの型にはまらない人間性－そして完璧な才能－それが彼をこの世界で一番の人気者にし、この退屈なスポーツに光をもたらしているのだ。彼の世界的なファンの広がりはとても強く、試合では、彼を支持するために賛美者たちの間で特別なバナーが広くさまざまな国でやり取りされている。（ジョニーが氷の上に出たときに一番初めにすることは、それを探すことだ）「僕は大きな国際タイトルを持っていないし、そういう大会のどれでもメダリストになったことも無い。だから、僕にとってはそのファンの広がりがあるということが、嬉しいことなんだよ」</p>

<p>彼は、どこにでもファンを持っているが、フィギュアスケートの指導者たちは例外のようだ。セレブのハミルや、ナンシーケリガン、ペギーフレミング、ブライアンボイタノ、スコットハミルトンなどは、みんなこの記事のために話すことを断った。2007年の全米選手権のプレビューでは、ケリガンが他のコメンテーターに「ジョニーは少し外れているわ。みんな彼についていけないのよ」</p>

<p>刺青をしてヒップホップの格好をし、畝編みの髪形をしたアレンアイヴァーソンはＮＢＡバスケットボールの新しいストリートファッションのブランドを立ち上げたが、選手兼俳優であるジョニーウィアーは率直な、時にあつかましいコメントでパリスヒルトンと並び、ひどく変わったスタイルやパーティーボーイという評判をとって、スポーツページよりもＵＳウィークリーの表紙を飾るのによりふさわしいが、アイススケートにより新しく新鮮な一面をもたらした。</p>

<p>ウィアーを理解するにはそもそものはじめからアイススケートというのが奇妙なスポーツであることを理解する必要がある。点数はわかりやすい事柄（ボールをフープに入れるとか、ネットにパックを打ち込むとか）であらかじめ取り決めがあるのではなく、自動車管理局で働いているように見える中年の固い表情をしたジャッジの前で尻尾を振って見せることによって決まる。優美さや流れ、上品さ、代表的な「白鳥」が氷上に作り出す繊細なフェアリーテールによって点が決められるのだ。だから、けばけばしくて、大言壮語するティーンエイジの驚くべきアスリートが2004年に世界の舞台ですべり、あっさりと国内選手権を3連覇し、トリノでのオリンピックへの切符を手に入れたと考えてみてくれ。</p>

<p>われわれが始めて会った日、レトリビューションメディアからのフィルムクルーが－彼が”レディス”と呼ぶ二人の若者だが－われわれと一緒に座っていた。彼らはジョニーを特集するドキュメンタリーのために、いくつかクリップを撮影していたのだ。それはまだネットワークや放映の日は決まっていないが。彼はインタビューの間、「かわいく見えるように」とリクエストをした。</p>

<p>かわいく見えるようにというのはジョニーにとっては自然なことだ。かれはフェミニントとマスキュリンの両立を上手にやって見せている。そして、両方の性別を持つ羽のように軽い何かのように女性もゲイの男も同様にひきつけるのだ。彼は5フィート9インチの脂肪のすくない筋肉質で、もっとも目に付く特徴は噛み付きたくなるような下唇で、一列に並んだ氷のように白い歯列を収納している。大きな緑の目やそれを縁取る密集したまつげ、まっすぐでまじめそうな眉と角ばったあごのライン、彼は美しい。</p>

<p>ジョニーのすばらしさを完成させている、テーマに沿ってぎらぎらと輝くスパンコールや宝石がついたコスチュームもある。「長い間僕は男らしくなって、スケートをするときバレエを踊るようにするなって、言われてきた　－　連盟がそういう風に言っているのさ」彼はうんざりとしたように言った。「クリスティナアギレラ（彼のアイドル）は人の言うとおりにしたことはなかったよ」彼は自分を抑えている。「彼女の始めてのアルバムを除いてね。僕たちは彼女にそれを上げたんだ。」</p>

<p>ちょうど23歳で、彼は世界のトップ5の男性スケーターに数えられている。そして、ジョニーに関して一番驚くことは、生意気な皮肉と、Ｃｈｅｒのような華やかさを別にすれば、彼は完全にプロなのだ。知性があり、礼儀正しい。これらはメディアが教えてくれないジョニーの別の面だ。この日が終わるまでに、私はもっと彼と一緒にいたいと思うようになった－記事のためではなく、会話を続けるために。「私がずっと気に入っていることは彼がとても面白いということなの」と、10年以上もデラウエアで彼のコーチだったプリシラヒルが話す。「彼は一言であなたを言い表せるわ。でも、文脈から外れているから、自分を傷つけることになっているのよ。不運なことだわ。それに時々後で彼に牙を向くのよ。」</p>

<p>彼のキャリアが始まったのは、高価なプライベートリンクでではなく、むしろ、彼の両親の持ち物である、ランカスターカントリーファームのトウモロコシ畑であった。そこで、12歳のとき、解けた雪が凍りついた後、スケートを自分で学習したのだ。彼はオクサナバイウルがテレビで滑っているのを見て、彼女の動きを真似た。そして暖かい日には、ローラースケートで練習した。彼はすばやくこのスポーツを身に着け（ダブルアクセルを習うのに、通常は何年もかかるところだが、ジョニーは一週間で習得した）たった3年後には国際的な闘いをしていた。5年目で彼はジュニア世界選手権に優勝した。16歳だった。</p>

<p>彼の両親は、父のジョンが車の事故で背中を怪我するまではＰＥＣＯパワープラントで働いていた。偶然にも、ジョニーは両親や弟とともにニューアークのまずまずの家に引っ越した。それで、ジョニーはプリシラヒルと練習ができるようになったのだ。パティはヒルがジョニーを学校に迎えに行き、練習に送り迎えをし、見守り、第二の母となっているときに、3つの仕事をして働いていた。</p>

<p>2002年のニューアークハイスクールのイヤーブックには、彼の好きなものがテクノとポップミュージック、フランス語、ロシア語、 “ＮＳＹＮＣ”とベルサーチが上げられている。しかし、クラスメートとは違ってジョニーは有名になることを目指していた。旅行、賞賛、スターダム－そしてそれらすべては旅行とショーの経費を伴ったが－は早く訪れた。「気持ちの上ではすごく早かったわ。急にタレントになったみたいで、どうにも手に負えないようだった。私たちはここで何をしているのかしらって。私たちは壊れてしまったの。まだそういうことになる準備ができていなかったから。」とパティは話す。ジョニーの家族はお金が理由でそうしたのではない。貧乏ではないし、金が理由ではない。彼のママは付け加えた「私は彼に2年間金持ちのならず者みたいに振舞うことを許したの。」ツアーに出るようになり、金を稼ぐようになると、ジョニーは実際に金もちのならず者になった。100個以上のデザイナーサングラスを集め、レクサスを買い、カニエよりもルイヴィトンを集めるようになった。（”40歳になって今もっている洋服が合わなくなったら、ヴィンテージとしてそれらを売って人財産作るよ”と彼は私に言った）彼はまたヘッドラインを幾度か飾り、連盟からおとなしくするように言われた。最近になって、彼の演技は乱れた失敗の多いものになり、彼をアイススケートのジェシカシンプソンだと書くようなグリークコーラスに話題を与えるようなものだった。06年のオリンピックで5位になり、ライバルのエバンライサチェックに4連覇となるはずだったナショナルで負けた後、ジョニーは氷上での自分のキャリアや自信を確認した。</p>

<p>そこで、6月に彼はヒルに育ててもらった数年間のすべてを捨て、コーチもリンクも、振付師もプログラムも変更した。「僕は年をとったので、基本や技術を教える人はもう要らなくなったんだ。それより僕の背中を押す人が必要なんだ。」「誰かがある時期国際的なレベルにいて、周りがその人が消えていくだろうと思うようになるとしても、それはとても自然なことなんだ、だって、みんなが望んでいるのは若い子が伸びてくることで、みんな若くてすごく有望な子供を見たいんだから。」言い換えれば、ジョニーがその若い子だったのははそれほど前のことではないということだ。彼はもぞもぞと氷嚢をパンツの上におろし痛む尻へと下げていった。「僕は何か自分の業績を残すとしたら、後３年しかないという結論に達したんだ。」</p>

<p>木曜の午前１１時だった。ロシアのテクノミュージックがアイスリンクに鳴り出した。赤いＣＣＣＰの赤いハーフジップがガラスの観客席のそばを通り過ぎて氷の入り口のドアに近づいた。彼が２階から見ているたくさんの小さな少女たちに手を振ると、暗い色の髪が目の周りになびいた。彼らの中には日本から、ただジョニーが練習をするのを見るためだけにやってきた中年の女性がいた。いつも騒々しく侮辱的な言葉を使う１０代の子供たちさえ、ボードに寄りかかってホッケーキャンプが行き過ぎるのを待っていた。なぜならみんな－小さな子供たち、不満に満ちた十代、日本からの狂信的な女性－は、見つめ、見とれるために来ているのだ。彼らが数年間やり続けてきたことをするために：ジョニーウィアーが次に何をするかを見るために。ジョニーは氷の上に踏み出し、しばらくすばやく滑り回ってから、真ん中に滑っていった。彼は止まり、体を揺らし、黒い伸縮性のあるパンツを引き上げた。彼はコーチを見つめる。</p>

<p>音楽はベルの鳴る音の響きで始まる。音楽のはじめの１０秒間が繰り返し繰り返しジョニーがイントロ部を練習するのにあわせて少なくとも２０回は頭だしをされた。そのどれもが最後のもの以上に集中しているものだった。彼は真剣で、演技も真剣だった。ジャンプと氷上を横切ってすべることで加速を加え、２０秒は続いたスタンディングとシッティングのスピンで終わった。</p>

<p>ボードに背を向けて、ジョニーの新しいコーチ、ガリーナズミーフスカヤが見つめていた。ズミーフスカヤは、控えめにいっても、母のようなプリシラヒルとは真反対である。厳格でおよそ５フィートの身長で、ファーのひざまでのブーツを履き、ボルシェビキレッドのコートを着て、彼女は、縮れたブロンドの髪と見たところ変わることのないしかめ面を見せていた。手を後ろに回しているか、あるいは前で組んで、彼女はアイススケートの金正日のようだった。ほとんどロシア語で大声で命令を出す。ジョニーは－フランス語とロシア語と日本語を知っている。彼はデラウェア大学を退学する前に語学を学んだのだ－彼は、彼のコーチからばかりでなくファンたち、特にロシア語で話すファンたちのような母国語で話す人たちから、学ぶべきだと主張する。「僕はたくさん毛皮を持ち過ぎているかもしれない」と彼は私に告白した。彼は自分のMy Spaceのページで、自分がアンチＰＥＴＡ（People for theethical treatment fro animals）の代表のような人間だといっている。また、そこでは、自分のふるさとをモスクワだと紹介している。五輪で彼はソビエト連邦を思わせる服を着た。そして、いまやバイウルとヴィクターペトレンコに世界タイトルをもたらした女性と練習をつんでいる。ジョニーはたぶん風変わりな人間だろう。しかし、彼はまた計画的で、着実な人間でもある。</p>

<p>競技をすることはエキサイティングだし、面白い。衣装を着てメイクアップをして。でも大事なのはここなんだ」「これがアイススケートなんだよ。練習のリンクがさ。練習では、泣いたり、怒ったり、壁をけったり、つばを吐いたり、物に当たったりする。でも、みんなこういうことは見ないんだ。だって、氷の上に乗ったら、僕らは輝ける雪の天使だからね」</p>

<p>それでは、ついにジョニーは自分を取り戻したのだろうか?（グッチを身につけているという意味ではない－われわれはそれに対する答えを知っている）彼はセレブリティになった。しかし、選手としての成功でではなく、主に芸能人としてだ　－　完璧な厚かましさで、彼はスケートの古臭い体制に対し、親指を鼻に当て（ほかの部分にも）４本指をひらひらさせて馬鹿にして見せた。しかし、きらびやかな飾りや生意気な発言に隠されているひとつのことがはっきりした。ジョニーウィアーはオリンピックのメダルを望んでいるのだ。</p>

<p>手に入れるのは今まで以上に厳しいだろう。新しい採点方式がスケート連盟によって２００６年にスポーツ競技らしい演技が要求されるように変更された－ジャンプにより点数が与えられ、演技的な面が評価されにくくなった。「僕は印象的な演技をしたい。芸術的な演技をしたいんだ。」「新しいジャッジシステムではこのスポーツの個性がなくなってしまう。今では、テニスのように、前後に打ち合って、変化がないんだ。僕にとってはとんでもないことだよ。」</p>

<p>でも観客を美しさで魅了するスケーターはあきらめているわけではない。彼の最近のコスチュームは真ん中で別れている。片方は黒く、反対側は白で、気が狂ったでたらめなサインのようだ。背中は低くカットされ、エヘン、オフショルダーになっている。十字架があちこちにある。赤いハートが胸についている。これは白鳥ではなく、“Dancing with the star”のような服装だ。</p>

<p>彼は、１１月に中国杯とカップオブロシアで金メダルを取ったが、しかし、真の試験は－ジョニーウィアーがタンクにフロンをまだ残しているかどうかを見せるのは－１月２７日に行われるミネソタ州セントポールでの２００８年全米選手権大会だ。彼は４分半のプログラム“Love is War”を見せることになっている。その演技は、彼の選手生活が終わる前にスケートの体制側との関係をよくできるかどうかを決める物になるだろう。</p>

<p>「もし彼が本当に「戻ってきたよ、うまくなっているよ」というのなら、ジョニーウィアーをとめるものは何もないと思うよ」とＵＳＡTodayのスポーツコラムニスト、クリスチャンブレナンは言う。「ジョニーの問題はジョニー自身で、ジャッジングシステムじゃないんだ」</p>

<p>ジョニーに自分についての批判－プレスや、ジャッジや彼の陰口を言う人たちからの－をどう思うかたずねたとき、一言も応えなかったのは彼らしいことだ。</p>

<p>彼はただ中指を立ててにやっと笑ったのだ。<br />
</p>]]>
    </content>
</entry>

</feed>
