公式ページ ジャーナル 7月5日付 

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公式ページのジャーナル 7月5日付 の訳です。

またまた てまりさんの訳をご好意で頂きました。
メンバーが多忙で翻訳が難しかったので本当に助かりました。
ありがとうございます。

ショーのことや韓国でのことDOIのことバケーションのこと
そして新しいPGの振付とステファンのことにも触れられていています。
ながーーい、読み応えのある内容になっています(^^)

原文はこちら

ジャーナル 7月5日
タイトル :プレッツェルみたいに日焼けしている


やあ、みんな

今ケイマン諸島からこれを書いているんだ。それがタイトルの説明になるといいんだけど。少しリラックスしてバケーションを楽しまなくちゃiけないってわかっているんだけど、リラックスするってことにかけてはまったく下手だから、少なくてもこれを書くことで一時間は何かすることができたよ。(タイプをするのに時間がかかるんだ)

前のエントリーからだいぶ時間がたってしまったけど、僕がものすごく忙しかったってことを喜んで報告するよ。昨シーズンの好成績でいろんな素敵なショーにこの春から夏にかけて招かれたんだ。最初のまとまったショーはヨーロッパで、スロバキアのブラティスラバ、コーシス、チェコのプラハであった。このショーはゼンヤプルシェンコのツアーで、出演できるってわかったときはとても興奮したよ。スロバキアでもチェコでも前に行ってからだいぶ時間がたっているので、大人になってそこに戻るって事にとてもわくわくしたんだ。3つのショーはどれも完売だった。本当に見事なショーだったよ。スケーターはみんなそれぞれ一人でも十分なスーパースターでどの夜もとてもいいスケートをした。時々しか会えない友人たちとも旧交を温めたよ。イラスルツカヤとは特にね。彼女の息子アルテムの成長もちゃんと見た。

3番目のプラハでのショーでは、大好きなミュージシャンの一人、ディマビランと会って一緒に写真を撮った。今まで本当に有名な人とは会ったことがなかったから、ものすごくあがってしまったけれど、彼がとてもいいやつだとわかったときにはとてもうれしかったよ。ゼンヤとエドヴィンとのプロジェクトがユーロビジョンに出たこともうれしかった。こうしたショーに出演できたことは、本当に骨の折れることだったけれどすばらしい時間だった。そしてまたこの先いつかゼンヤと滑れることを願っているよ。

東欧でのショーの後、少し静養してから、ニナペトレンコと新しいショーのプログラムを作った。二人で「フィーリンググッド」という、ニナシモーンの曲に決めたんだ。これは僕のクラシックでは無い面とお尻を振る能力を生かすプログラムだよ。これはとても楽しいプロセスで、このナンバーのお目見えをデラウェア州ウィルミントンの小さなショーでやったんだ。ウィルミントンクラブは僕をウィルミントンスケートクラブの生涯名誉会員にすることで僕をたたえてくれた。とても感動したよ。

振り付けに話を戻すと、ニナと僕は一緒に仲良く取り組んですごく楽しんだので、みんなで(ビクターやガリーナも含めて)今シーズンの競技用のプログラムも彼女が作ることに決めたんだ。ダンス界からも人を呼んで、アドバイスをもらうつもりだけれど、でも完璧にあっていると思うんだ。すごくスマートでもあるよ。僕らはみんなこの製作過程に参加できているし、何がうまくいって何がうまくいかないか、しっかりとわかっているからね。

音楽はもうすでに選んであって、どちらのプログラムももう概要は出来ている。今シーズンの僕の音楽の選択はフランス的なものがテーマと決まっている。ショーとプログラムはセイントプリュークスによるものだということは発表されているけれど、曲のタイトルもロングプログラムの情報とともに、この夏の終わりにはwww.weir.ruで発表することにしたよ。どちらの選択もとても喜んでいるし、みんなが楽しんでくれることを願っている。

5月中旬に、キムヨナのマネージメント会社のIBスポーツが主催するアイスショーに出演をするためにソウルに行く機会があった。7年間も韓国に行ったことはなかったので、戻れることにとても興奮していた。ファンや、韓国での名所ツアーで完璧に圧倒されたね。すべてがとても行き届いていて、整理されていた。空港やホテル、それから一番大事なアイスリンクにファンが居た。僕は新しいショーナンバーを演じて、どのショーでもとてもうまく滑ったよ。ファンはすごかった。このプログラムのセクシーにお尻を振って滑ることは僕はあまり得意じゃないんだけど、ファンがとても熱心なので、簡単に自然にそれが出来たんだ。韓国でスケートをするのはとてもいい感じだった。今まで一緒に過ごしたことがまったく無かったほかのスケーターやコーチとも会うことが出来た。たとえばテッサバーテュー、デヴィッドウィルソン、そしてもちろん、ユナといった人たちだ。キャストも本当に素敵で、僕はこのキャストと一緒にまさにこのショーを永遠にやることができるほどだよ。

みんな仲良くなり、そして、さよならを言い合った。実際僕はさよならをいうことが出来なくて、チケットを変更し、もう一日伸ばしてショッピングをしたりぶらついたりしたんだよ。

韓国から帰ってガリーナと僕はジャンプとオフアイストレーニングに一生懸命励んだ。ファティマブルーンズともエクササイズをして、ピラティスとベイシックなコンディショニングの新しいプログラムを開発したよ。ほとんどすぐに氷の上で結果が見られた。ジャンプを高く、しっかりと飛べるようになり、もっと多くの要素を出来るようになった。それと、シーズン中にやっていた、おなかがすいてたまらないようなダイエットもしないことにして、この夏は実に健康的に食べようと思っている。もちろん、重く感じるけれど、長くは続かないだろう。ダイエットをするにも休暇は必要だよ。今の一番の喜びはあらゆる食べ物を買い込むことなんだ。


6月の初めにはコロラドスプリングスでのトップアメリカ選手のサミットみたいなことをするためにチャンプキャンプにいった。とても意味のある旅行だった。そこでグランプリのアサインメントをその場で見ることができたからだ。僕は、スケートアメリカと、日本のNHK杯に選ばれた。初めてのスケートアメリカへの出場に興奮しているし、もちろん、日本に戻るのもいつもうれしいことだよ。もちろん、カップオブロシアに行けないことはさびしいよ。今や、ママと僕にとって、サンクスギビングデーをロシアで過ごすことは家族の伝統のようなものになっていたからね。基本的には、それぞれの種目のトップスリーのスケーターがどの試合に出場するかを選ぶんだ。僕たちはそれぞれ別の試合に出場しなければいけないと決められている。6つの試合のうちのそれぞれ二つずつだ。オーバーラップしてはいけないんだ。僕は3番目に選ぶことになって、だから,ジェフリーバトルトブライアンジュベールが選ばなかった試合を選ぶことになった。来年には、またロシアにいくつもりでいるよ、特にたぶん僕のグランプリシリーズの最後のシーズンになると思うからね。でも、今年の試合の選択には喜んでいるし、母国で試合に出て戦えることにはわくわくしているよ。


ステファンが僕と同じ仲間に入って練習することになったことが公表されたので、たくさんの心配や応援の手紙をもらった。このことについては、多くの皆さんが知っているよりもう少し個人的な考えを発表したいと思っているんだ。僕はステファンを、僕が13歳、彼が12歳のときから知っていて、そのとき僕らは二人ともスロベニアの小さな町でのノービスの試合に出場していた。二人とも階段を上り続けて、いろんなジュニアの試合、ジュニアグランプリや、ジュニアワールド、そしてついにはシニアのワールドやオリンピック、グランプリシリーズなどの試合に一緒に出場してきた。ステファンが競技生活で成し遂げてきたことには感嘆の思いしかない。彼はいい練習仲間だと思う。多くのほかのエリート男子スケーターたちと一緒に自分が練習をすることは考えられないけれど、でも、ステファンと僕には長い歴史がある。そしていまや僕らは試合ではベテランになりつつあるんだ。このことで何一つ悪いことがあるとは思えない。僕はコーチが今までと同じように僕と練習を続けてくれることを信じている。僕はこの年で、大人の分別もある。僕はステファンが日常することは何一つ僕の最終的な目標や意欲に変化を与えることはないとわかっているんだ。たとえ一番のライバルの一人がそばに居てみていようといまいと、僕は一生懸命練習し、最善を尽くす。去年のコーチの変更がどれほど僕のために役に立ったか、わかっている。そして、トップアスリートにそのことが認められたことを知ってとても喜んでいる。だから、僕はこの選択がステファンにもうまくいくように願っているよ。彼は立派な人間で、すばらしいアスリートだ。そして、僕は彼と一緒に練習することで役に立つことを引き出すことが出来るに違いないと思っている。

6月の終わりには、横浜に行って、ドリームズオンアイスに出演した。日本に行って、日本のファンの前で滑るときにはいつもとても興奮するんだ。最初の二つのショーでは、新しいナンバーをすべり、次の二つではアヴェマリアに変えた。「すべてのショーでベストで滑るというわけには行かない。一回目のショーと4回目のショーは断然ベストだった。テレビで放送したものはまさに一番ひどいものだった。だから、それを見た人には申し訳ないと思う。もうyoutubeにも出ているとしたらそれを見た人にもすまない。観客はいつものとおり、本当に素敵だった。ファンの皆さんは(いつものように;))たくさんのプレゼントをくれた。ショーに来てくれた日本のファンの皆さんすべてにお礼をいいたいし、また9月のチャンピオンオンアイスでお会いしたいと思っている。

日本から戻ったその日に、長いことのびのびになっていたバケーションと誕生日と独立記念日を祝うために、ケイマン諸島に発った。弟が一緒に来て、太陽と砂を楽しんでくれてとてもうれしかった。僕の弟は僕と同様海を恐れているから、泳ぐというのはあまりいい考えとは思えなかった。最初の日に、僕はもう24歳になるし、年をとっているのだから、鮫が僕に攻撃を仕掛けてくるなら、そうさせてやろうと決意した。僕は弟と一緒に泳いで最高にうまくいった。自信満々だったので、その翌日(僕の誕生日)には、腕を振り回しながら海に走っていったんだけど6インチの長さの魚を見つけただけで波間から叫びながら走って逃げ出したよ。その日の残りはホテルの小屋に居て日焼けに専念した。幸せな気分だった。弟はそのリゾートのすばらしいレストランからきれいな夕食を持ってきてくれた。だから僕は彼と自分に年を重ねていくことを祝って、ラプレイリーシルバーレインスパのマッサージをおごった。僕の人生のすばらしいひと時だったよ。

ケイマン諸島から帰ったら、いつものようにガリーナヤコブレブナを片方のポケットに、もう一方にはビクターとニナを入れて練習に戻ることになる。アイダホ州サンバレーとバージニア州のハンプトンロードでも少しショーに出る。北京での2008年オリンピックをテレビで見るのも楽しみにしているんだ。

テレビで全米体操トライアルを見て、ナスティアリューキンに感銘を受けた。僕は体操競技では彼女が出来る限りたくさんの金メダルを獲得するよう応援するよ。僕は狂ったストーカーのように彼女のファンになった。そして、彼女に連絡を取り、それ以来良くおしゃべりをしている。彼女はとてもかわいい少女で、いつも最上のものが彼女に来るように願っているよ。(君たちもそうしてくれたまえ)

今のところ、僕のニュースはこれですべてだ。いつものように、もし誰かを攻撃したりしたら、申し訳ない。どうか良い方に受け取ってほしい。みんながこの夏ずっと涼しく過ごせるように、そして、できる限り楽しんでくれるように願っているよ。

いつも愛しています。

ジョニー

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