Philadelphia Magazine  

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てまりさんがご自身のブログに訳を上げてくださっていたのでこちらに利用させていただけないかお願いしたところ快く了承していただけました。
てまりさんありがとうございます。

UPさせていただきますので是非読んでみてください。

原文はこちらhttp://www.phillymag.com/articles/johnny_drama/page1

ジョニーのドラマ

アイススケートのバッドボーイ、ジョニーウィアーは、オンアイスでと同様に、オフアイスで数々の話題を作ってきた-パーティーの大騒ぎやメディアとのいがみあいに近い関係や性的な面での曖昧さで。多分それが、なぜあれだけのスケートの力がありながら、彼が金メダルを手にできないかという理由なのだろう。

by エイミーストラウス

「多分本物じゃないか、他のものなんだ」とジョニーは彼のルイヴィトン柄のスケートガードをブレードにはめながら話した。「でも面白いよ。」それはデラウェア州のニューアークで、ジョニーが昔滑っていたリンクで小さな女の子からもらったクリスマスプレゼントだった。「僕の周りはみんな僕がルイヴィトンを好きなことを知っているんだ」と彼はいい、エレガントなルイヴィトンの折柄を賞賛した。

私たちはニュージャージーの特徴の無いリンク、アイスボールトにいた。そこで彼はここ6ヶ月間練習をしてきた。昨年の6月、ジョニーは、コーテスヴィルで育ち、ニューアークで10年以上も過ごした後で、コーチを変えた。彼は90分間の練習を終えたばかりで、服を脱ぐ時に、リズミカルに重ねた衣服を解いていった。初めに靴下、そして、バレリーナのようにつま先の間のテープをはがした。それから彼は立ち上がり、私の質問の間にパンツを脱ぎ落とした。

多分驚いてはいけなかったのだろう。ジョニーには、彼がすることに評判があって(いくつもある)、そのうちの一つは、彼が拍子抜けするほど、率直だというものだ。だから私はほんの少し驚くようなお楽しみに備えていた、-あるいは多分、待ちわびていたのだ。でも、彼がセミヌードで立っている間、ベースを落とさず、アイコンタクトも取らずにいることは、少し私に警告のようなものを感じさせた。そして・・・ちょっとかっこいいとも思わせた。


氷に話を戻すと、ジョニーはクリーンなプログラムを滑ったことが無い。彼は薬や暴力やギャンブルのようなものに巻き込まれる野蛮なプロスポーツ選手ではないが、スケートをするときに見せているようにお上品ぶってもいない。たとえば、彼の性的思考についての長く続いている疑問がある。2007年の「全米へのカウントダウンショー」で、フィギュアスケート評論家のマークランドは、自身ゲイであることを表明しているが、ウィアーのことを「彼は自分がそうだとは言わないけど、彼がはっきりそうだということが頭を離れないの。ごめんなさい、私は彼が私が属しているコミュニティーの見本だと思っているわけじゃないのよ。」ランドは彼にただはっきりそうだといってもらいたがっているだけなのだ。

グッドラック!「(ランドが)いいたがってるのは、単に僕が“The Swan”という曲で滑ったことと、僕が何でも話してしまうこと、それに紅い手袋のついた衣装を着ていたことが理由なんだ。それで彼が話していたどんなコミュニティだか知らないけどそこの悪い見本だって言いたいんだろう・・・」彼は肩をすくめて、話をそらせた。「どんなスポーツにもジェラシーのようなものはあるよ。だってほんのわずかな人たちだけが大きな業績を残すし、本物のフィギュアスケートのスターになれるんだ。彼はそうじゃないからね“(まあ!)”だから彼が僕に手厳しいんだし、僕がたいした選手で彼はそうじゃないからやきもちを焼いているんだ“

ジョニーは「アメリカのフィギュアスケート界に大きな影響を与えた」人間として記憶に残りたいといっている、そして彼がした貢献は:ハイヒールを履き、ミニドレスを着て雑誌にポーズをとることや、試合に奇妙な衣装を着て出ること(2006年の全米フィギュアスケート選手権で、彼は赤いくちばしの手袋をし、羽のいっぱいついた白鳥のかっこうで演技をして最近の“Blades of Glory”でジョンヘダーにまねをされている。)彼は自分自身を「王女のような」と表現し、自分の衣装を、他のものにたとえて、「コカコーラのつらら」、「アシッド(酸、またはLSD)の上にいるケアベア(アメリカの漫画のキャラクターの熊)」などと表現している。そして一度などは、集まったジャーナリストを識別することから記者会見を始めた。具体的には「スカーフ」と「リボン」といったように。ああ、それに、あるプログラムでは、彼はイエスキリストを演じたのだ。

こうしたことがアイススケートの首脳部に呟くかせた、「ジーザスクライスト!(おお、神よ)」と。

NBCのコメンテーター、トムハモンドは、ジョニーは「スケート連盟に制御できない大砲」とみなされているとかつて話した; そのことを証明するかのように、アメリカフィギュアスケート連盟(USFSA)はいろんな非行に対してジョニーを謹慎させたり、軽い罰を与えたりした。これは無言のメッセージだった:スケーターは、トリプルサルコウをしたりして、人に見られるものであるべきだーそして、まったく耳を貸されなかった。

「私の息子はそんなことにはならないわ」とジョニーのママ、パティは言った。彼女は彼を熱心に擁護しているので、彼女もまたUSFSAからとがめられてきた。彼女はジョニーの父があまりに頑固なために「彼は普通の人じゃない」と自分に言い聞かせている。彼らのうちのどちらも、あまりにも正直すぎると。「彼は物事についてとても強い意見を持っているの」とパティウィアーはいう。「ある意味USFSAは彼が黙ってしゃべり過ぎないよう望んでいると思っていいのかしら?まあ、絶対そうね。でも気にしないってことや、何かが間違っていると思ったら言ってもいいでしょ。」

そして、スケート界の誰も言わないことがある。ジョニーウィアーは、実際には、ドロシーハミルがインスブルックで彼女の輝くボブヘアを振り回して以来、このスポーツに起きた一番すばらしい出来事なのかもしれないのだ。ジョニーの型にはまらない人間性-そして完璧な才能-それが彼をこの世界で一番の人気者にし、この退屈なスポーツに光をもたらしているのだ。彼の世界的なファンの広がりはとても強く、試合では、彼を支持するために賛美者たちの間で特別なバナーが広くさまざまな国でやり取りされている。(ジョニーが氷の上に出たときに一番初めにすることは、それを探すことだ)「僕は大きな国際タイトルを持っていないし、そういう大会のどれでもメダリストになったことも無い。だから、僕にとってはそのファンの広がりがあるということが、嬉しいことなんだよ」

彼は、どこにでもファンを持っているが、フィギュアスケートの指導者たちは例外のようだ。セレブのハミルや、ナンシーケリガン、ペギーフレミング、ブライアンボイタノ、スコットハミルトンなどは、みんなこの記事のために話すことを断った。2007年の全米選手権のプレビューでは、ケリガンが他のコメンテーターに「ジョニーは少し外れているわ。みんな彼についていけないのよ」

刺青をしてヒップホップの格好をし、畝編みの髪形をしたアレンアイヴァーソンはNBAバスケットボールの新しいストリートファッションのブランドを立ち上げたが、選手兼俳優であるジョニーウィアーは率直な、時にあつかましいコメントでパリスヒルトンと並び、ひどく変わったスタイルやパーティーボーイという評判をとって、スポーツページよりもUSウィークリーの表紙を飾るのによりふさわしいが、アイススケートにより新しく新鮮な一面をもたらした。

ウィアーを理解するにはそもそものはじめからアイススケートというのが奇妙なスポーツであることを理解する必要がある。点数はわかりやすい事柄(ボールをフープに入れるとか、ネットにパックを打ち込むとか)であらかじめ取り決めがあるのではなく、自動車管理局で働いているように見える中年の固い表情をしたジャッジの前で尻尾を振って見せることによって決まる。優美さや流れ、上品さ、代表的な「白鳥」が氷上に作り出す繊細なフェアリーテールによって点が決められるのだ。だから、けばけばしくて、大言壮語するティーンエイジの驚くべきアスリートが2004年に世界の舞台ですべり、あっさりと国内選手権を3連覇し、トリノでのオリンピックへの切符を手に入れたと考えてみてくれ。

われわれが始めて会った日、レトリビューションメディアからのフィルムクルーが-彼が”レディス”と呼ぶ二人の若者だが-われわれと一緒に座っていた。彼らはジョニーを特集するドキュメンタリーのために、いくつかクリップを撮影していたのだ。それはまだネットワークや放映の日は決まっていないが。彼はインタビューの間、「かわいく見えるように」とリクエストをした。

かわいく見えるようにというのはジョニーにとっては自然なことだ。かれはフェミニントとマスキュリンの両立を上手にやって見せている。そして、両方の性別を持つ羽のように軽い何かのように女性もゲイの男も同様にひきつけるのだ。彼は5フィート9インチの脂肪のすくない筋肉質で、もっとも目に付く特徴は噛み付きたくなるような下唇で、一列に並んだ氷のように白い歯列を収納している。大きな緑の目やそれを縁取る密集したまつげ、まっすぐでまじめそうな眉と角ばったあごのライン、彼は美しい。

ジョニーのすばらしさを完成させている、テーマに沿ってぎらぎらと輝くスパンコールや宝石がついたコスチュームもある。「長い間僕は男らしくなって、スケートをするときバレエを踊るようにするなって、言われてきた - 連盟がそういう風に言っているのさ」彼はうんざりとしたように言った。「クリスティナアギレラ(彼のアイドル)は人の言うとおりにしたことはなかったよ」彼は自分を抑えている。「彼女の始めてのアルバムを除いてね。僕たちは彼女にそれを上げたんだ。」

ちょうど23歳で、彼は世界のトップ5の男性スケーターに数えられている。そして、ジョニーに関して一番驚くことは、生意気な皮肉と、Cherのような華やかさを別にすれば、彼は完全にプロなのだ。知性があり、礼儀正しい。これらはメディアが教えてくれないジョニーの別の面だ。この日が終わるまでに、私はもっと彼と一緒にいたいと思うようになった-記事のためではなく、会話を続けるために。「私がずっと気に入っていることは彼がとても面白いということなの」と、10年以上もデラウエアで彼のコーチだったプリシラヒルが話す。「彼は一言であなたを言い表せるわ。でも、文脈から外れているから、自分を傷つけることになっているのよ。不運なことだわ。それに時々後で彼に牙を向くのよ。」

彼のキャリアが始まったのは、高価なプライベートリンクでではなく、むしろ、彼の両親の持ち物である、ランカスターカントリーファームのトウモロコシ畑であった。そこで、12歳のとき、解けた雪が凍りついた後、スケートを自分で学習したのだ。彼はオクサナバイウルがテレビで滑っているのを見て、彼女の動きを真似た。そして暖かい日には、ローラースケートで練習した。彼はすばやくこのスポーツを身に着け(ダブルアクセルを習うのに、通常は何年もかかるところだが、ジョニーは一週間で習得した)たった3年後には国際的な闘いをしていた。5年目で彼はジュニア世界選手権に優勝した。16歳だった。

彼の両親は、父のジョンが車の事故で背中を怪我するまではPECOパワープラントで働いていた。偶然にも、ジョニーは両親や弟とともにニューアークのまずまずの家に引っ越した。それで、ジョニーはプリシラヒルと練習ができるようになったのだ。パティはヒルがジョニーを学校に迎えに行き、練習に送り迎えをし、見守り、第二の母となっているときに、3つの仕事をして働いていた。

2002年のニューアークハイスクールのイヤーブックには、彼の好きなものがテクノとポップミュージック、フランス語、ロシア語、 “NSYNC”とベルサーチが上げられている。しかし、クラスメートとは違ってジョニーは有名になることを目指していた。旅行、賞賛、スターダム-そしてそれらすべては旅行とショーの経費を伴ったが-は早く訪れた。「気持ちの上ではすごく早かったわ。急にタレントになったみたいで、どうにも手に負えないようだった。私たちはここで何をしているのかしらって。私たちは壊れてしまったの。まだそういうことになる準備ができていなかったから。」とパティは話す。ジョニーの家族はお金が理由でそうしたのではない。貧乏ではないし、金が理由ではない。彼のママは付け加えた「私は彼に2年間金持ちのならず者みたいに振舞うことを許したの。」ツアーに出るようになり、金を稼ぐようになると、ジョニーは実際に金もちのならず者になった。100個以上のデザイナーサングラスを集め、レクサスを買い、カニエよりもルイヴィトンを集めるようになった。(”40歳になって今もっている洋服が合わなくなったら、ヴィンテージとしてそれらを売って人財産作るよ”と彼は私に言った)彼はまたヘッドラインを幾度か飾り、連盟からおとなしくするように言われた。最近になって、彼の演技は乱れた失敗の多いものになり、彼をアイススケートのジェシカシンプソンだと書くようなグリークコーラスに話題を与えるようなものだった。06年のオリンピックで5位になり、ライバルのエバンライサチェックに4連覇となるはずだったナショナルで負けた後、ジョニーは氷上での自分のキャリアや自信を確認した。

そこで、6月に彼はヒルに育ててもらった数年間のすべてを捨て、コーチもリンクも、振付師もプログラムも変更した。「僕は年をとったので、基本や技術を教える人はもう要らなくなったんだ。それより僕の背中を押す人が必要なんだ。」「誰かがある時期国際的なレベルにいて、周りがその人が消えていくだろうと思うようになるとしても、それはとても自然なことなんだ、だって、みんなが望んでいるのは若い子が伸びてくることで、みんな若くてすごく有望な子供を見たいんだから。」言い換えれば、ジョニーがその若い子だったのははそれほど前のことではないということだ。彼はもぞもぞと氷嚢をパンツの上におろし痛む尻へと下げていった。「僕は何か自分の業績を残すとしたら、後3年しかないという結論に達したんだ。」

木曜の午前11時だった。ロシアのテクノミュージックがアイスリンクに鳴り出した。赤いCCCPの赤いハーフジップがガラスの観客席のそばを通り過ぎて氷の入り口のドアに近づいた。彼が2階から見ているたくさんの小さな少女たちに手を振ると、暗い色の髪が目の周りになびいた。彼らの中には日本から、ただジョニーが練習をするのを見るためだけにやってきた中年の女性がいた。いつも騒々しく侮辱的な言葉を使う10代の子供たちさえ、ボードに寄りかかってホッケーキャンプが行き過ぎるのを待っていた。なぜならみんな-小さな子供たち、不満に満ちた十代、日本からの狂信的な女性-は、見つめ、見とれるために来ているのだ。彼らが数年間やり続けてきたことをするために:ジョニーウィアーが次に何をするかを見るために。ジョニーは氷の上に踏み出し、しばらくすばやく滑り回ってから、真ん中に滑っていった。彼は止まり、体を揺らし、黒い伸縮性のあるパンツを引き上げた。彼はコーチを見つめる。

音楽はベルの鳴る音の響きで始まる。音楽のはじめの10秒間が繰り返し繰り返しジョニーがイントロ部を練習するのにあわせて少なくとも20回は頭だしをされた。そのどれもが最後のもの以上に集中しているものだった。彼は真剣で、演技も真剣だった。ジャンプと氷上を横切ってすべることで加速を加え、20秒は続いたスタンディングとシッティングのスピンで終わった。

ボードに背を向けて、ジョニーの新しいコーチ、ガリーナズミーフスカヤが見つめていた。ズミーフスカヤは、控えめにいっても、母のようなプリシラヒルとは真反対である。厳格でおよそ5フィートの身長で、ファーのひざまでのブーツを履き、ボルシェビキレッドのコートを着て、彼女は、縮れたブロンドの髪と見たところ変わることのないしかめ面を見せていた。手を後ろに回しているか、あるいは前で組んで、彼女はアイススケートの金正日のようだった。ほとんどロシア語で大声で命令を出す。ジョニーは-フランス語とロシア語と日本語を知っている。彼はデラウェア大学を退学する前に語学を学んだのだ-彼は、彼のコーチからばかりでなくファンたち、特にロシア語で話すファンたちのような母国語で話す人たちから、学ぶべきだと主張する。「僕はたくさん毛皮を持ち過ぎているかもしれない」と彼は私に告白した。彼は自分のMy Spaceのページで、自分がアンチPETA(People for theethical treatment fro animals)の代表のような人間だといっている。また、そこでは、自分のふるさとをモスクワだと紹介している。五輪で彼はソビエト連邦を思わせる服を着た。そして、いまやバイウルとヴィクターペトレンコに世界タイトルをもたらした女性と練習をつんでいる。ジョニーはたぶん風変わりな人間だろう。しかし、彼はまた計画的で、着実な人間でもある。

競技をすることはエキサイティングだし、面白い。衣装を着てメイクアップをして。でも大事なのはここなんだ」「これがアイススケートなんだよ。練習のリンクがさ。練習では、泣いたり、怒ったり、壁をけったり、つばを吐いたり、物に当たったりする。でも、みんなこういうことは見ないんだ。だって、氷の上に乗ったら、僕らは輝ける雪の天使だからね」

それでは、ついにジョニーは自分を取り戻したのだろうか?(グッチを身につけているという意味ではない-われわれはそれに対する答えを知っている)彼はセレブリティになった。しかし、選手としての成功でではなく、主に芸能人としてだ - 完璧な厚かましさで、彼はスケートの古臭い体制に対し、親指を鼻に当て(ほかの部分にも)4本指をひらひらさせて馬鹿にして見せた。しかし、きらびやかな飾りや生意気な発言に隠されているひとつのことがはっきりした。ジョニーウィアーはオリンピックのメダルを望んでいるのだ。

手に入れるのは今まで以上に厳しいだろう。新しい採点方式がスケート連盟によって2006年にスポーツ競技らしい演技が要求されるように変更された-ジャンプにより点数が与えられ、演技的な面が評価されにくくなった。「僕は印象的な演技をしたい。芸術的な演技をしたいんだ。」「新しいジャッジシステムではこのスポーツの個性がなくなってしまう。今では、テニスのように、前後に打ち合って、変化がないんだ。僕にとってはとんでもないことだよ。」

でも観客を美しさで魅了するスケーターはあきらめているわけではない。彼の最近のコスチュームは真ん中で別れている。片方は黒く、反対側は白で、気が狂ったでたらめなサインのようだ。背中は低くカットされ、エヘン、オフショルダーになっている。十字架があちこちにある。赤いハートが胸についている。これは白鳥ではなく、“Dancing with the star”のような服装だ。

彼は、11月に中国杯とカップオブロシアで金メダルを取ったが、しかし、真の試験は-ジョニーウィアーがタンクにフロンをまだ残しているかどうかを見せるのは-1月27日に行われるミネソタ州セントポールでの2008年全米選手権大会だ。彼は4分半のプログラム“Love is War”を見せることになっている。その演技は、彼の選手生活が終わる前にスケートの体制側との関係をよくできるかどうかを決める物になるだろう。

「もし彼が本当に「戻ってきたよ、うまくなっているよ」というのなら、ジョニーウィアーをとめるものは何もないと思うよ」とUSATodayのスポーツコラムニスト、クリスチャンブレナンは言う。「ジョニーの問題はジョニー自身で、ジャッジングシステムじゃないんだ」

ジョニーに自分についての批判-プレスや、ジャッジや彼の陰口を言う人たちからの-をどう思うかたずねたとき、一言も応えなかったのは彼らしいことだ。

彼はただ中指を立ててにやっと笑ったのだ。

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